【自分の生涯映画ベスト10】(2000年以降)

私が本格的に映画にハマリ出したのは小学校高学年のときでした。雑誌「ぴあ」を情報源に、TVで夜に放映される洋画を毎晩のように観ていました。週末には友人を誘って渋谷や新宿の繁華街をふらつき、「ジョーズ」や「スターウォーズ」なんかを観に行ったものです。

あれから数十年。。。今はすべてが便利になり、好きな時にいくらでも映画を観れる時代になりました。

私は今でも年間50本くらいの映画を観ているので、生涯ではおそらく1,000本以上の映画を観ていると思います。

では、自分の生涯映画ベスト10は何か?

今振り返って自分の人生に影響を受けた生涯ベストとなると、「ベン・ハー」とかチャップリンの「ライムライト」とか「カッコーの巣の上で」とかあっという間に10作になってしまい、どこかのオススメ映画ベストと何ら変わらなくなってしまいます。

そこで、生涯ベストに「封切りが2000年以降のもの」と制約をつけたところ、それなりにユニークなベスト10になったので紹介したいと思います。

以下がその史上最高の映画ベスト10(2000年以降)の10作品です。ちなみにネタバレ満載ですので、観ていない方はご留意ください。


No.1 マルホランド・ドライブ (2001)



これまでに観た映画の生涯ベストは何か?と聞かれれば、迷いなく、デヴィッド・リンチ監督の「マルホランド・ドライブ」と答えます。

「2000年以降の映画に限って」という制約を外しても、人生で観たすべての映画の生涯ベストに「「マルホランド・ドライブ」というほど、この映画には衝撃を受けました。

最初に観たときは、ストーリーに全く追い付けず、不可解なシーンのオンパレードでいったいなんのコッチャ状態でした。だいたいオープニングからして場違いなジルバの音楽で始まり全然ワクワクさせられません。。。(あとからこのオープニングも重要な意味を持つことを知るのですが)

ただ映画全体が放つ独特の妖艶な雰囲気(これぞデヴィッド・リンチワールドです)に心を奪われてしまい、強烈な印象が残りました。

その後何度か観ているうちに、なんとなく背景が理解できるようになります。それでも解釈に自信がなく、不可解なシーンの多くは謎のままです。

そこで、ここからはネットの解説に頼ることになります。「マルホランド・ドライブ」の謎解きサイトはいくつかあるようです(映画:マルホランド・ドライブ あらすじ)。

すると。。。

これまで不可解だったシーンに実は深い意味が隠されていることがわかり、まるでジグソーパズルが組み上がるように、頭のなかですべてのシーンが有機的に結び付き出します。

すると同時に、この映画のテーマである、主人公の愛と憎しみ、人生が決して望み通りに行かないことの無常感、無念さといった感情に圧倒され、涙が出てきます。。。

平たく言ってしまえば、この映画は、ハリウッドで挫折した田舎出の女優が、妬みからかつての愛人(成功してスターになった)を殺し屋を雇って命を奪ったものの、両親の呵責に耐えかねて最後には自殺するまでの回想録(ほとんどは彼女が眠っている間に見た夢の話)です。

また、この映画は、普段の生活では封印して決して表に出て来ない底なしの恐怖というものを剥き出しにしてしまいます。

冒頭の自動車事故のあと、リタが見降ろすロサンゼルス市街の美しい街灯の光景ですが、ここにこの映画のすべてが象徴されているような気がします。

表向きは美しいが、その裏には欲望の渦巻くドロドロとして怖ろしいものが潜んでいる恐怖。。。表向きは華やかなハリウッドの世界、その裏で配役争いを巡る熾烈な競争、汚い手段、犯罪。。。リンチはこういったものを映画を通して訴えたかったのではないかと思います。

映画のなかでオーディションでカミーラ・ローズが歌う I've Told Every Little Starは、60年代のオールディーズの無垢なラブソングであるにも関わらず、このシーンで使われると、背筋が寒くなるほど怖ろしい歌に変貌してしまい頭から離れません。。。(最近は「マツコの知らない世界」のテーマ曲で有名になってしまいましたが)。

I've Told Every Little Star

次のこのシーンも強烈です。これはダイアン(ブレイク前のナオミ・ワッツが好演)とリタが夜中にロス市街のナイトクラブ(クラブ・シレンシオ)を訪ねるシーンですが、その雰囲気はまさにデヴィッド・リンチワールド!

カメラがナイトクラブの入り口に近づくカメラワークは、それが人間の視点ではなく、何か地を這う生き物の視点で迫るところが空恐ろしい。。。

No Ai Banda! (ここに楽団はいない!)と凄むステージ上の男と、それを証明するかのような奏者の空演奏。陰影なサウンドもさることながら、続く「泣き女」のバラードLlorandoは真に心に響きます。

Llorando

真っ赤なシルクで覆われたステージは、「ツイン・ピークス」のThe Black Lodge(後述)に通じるものがあります。

ほかにも、怪しい老夫婦、カウボーイの男、ウィンキーズ(ダイナー)の裏に棲む浮浪者、電話口の会社重役、ドジな殺し屋、などなど。。。

怪しい老夫婦

カウボーイ

ウィンキーズの浮浪者

会社重役

ドジな殺し屋

最初は意味不明だった登場人物それぞれが、実は深い存在意義があることがわかってくるのです。

しかし、デヴィッド・リンチ監督は、明確な解答を出さず、すべて観る者の解釈に委ねています。つまりこの映画の解釈は人それぞれであると。。。

このような映画鑑賞体験は衝撃的でした。

もう何十回と観ていますが、そのたびに新しい発見と感動があります。まだ理解できないところも残っています。いくつかの異なった解釈ができるシーンもあります(例えば、老夫婦は田舎の両親で、ダイアンは性的虐待を受けていたという解釈に対し、老夫婦は一般世間の聴衆を象徴しているという解釈など)。

映画を観ながらストーリーの解釈などまっぴらという人も多いと思います。「マルホランド・ドライブ」の素晴らしいところは、そのような「ながら見」でも映画全体に漂う雰囲気を十分堪能できるところにあります。例えて言えば、名画鑑賞に似ています。本当に素晴らしい名画は、その制作背景やテーマを知らなくても十分楽しめるのと同じです。

No.2 コラテラル (2004)



マイケル・マン監督の作品は、共通して独特の「大人の(洗練された狂気の)世界」が描かれています。「ラスト・オブ・モヒカン」の自らヒロインの犠牲に志願して火炙りの刑に処せられる英国人や、「ヒート」でアル・パシーノ演じる犯罪を追いかけることだけが生き甲斐の刑事や、ロバート・デニーロ演じる犯罪から足を洗えない知能犯など、描かれている人物像は極めてエキセントリックながら、描写は非常に洗練されているものがあります。

この「コラテラル」でも、トム・クルーズ演じる国籍不明で冷酷な殺し屋と、犯罪に巻き込まれてしまった運の悪いタクシー運転手が、ロサンゼルスの夜から明け方の短い時間に実に様々な心境の変化を通して、救いようのない宿命に突進してゆく様が見事に(そしてスタイリッシュに)描かれています。

私がこの映画を非常に気に入っているのは、殺し屋役のトム・クルーズの「信念に取り憑かれた生き方」に強烈に魅力を感じるからです。これは一般的には「サイコパス」と呼ばれる性格です。彼は、手段を選ばない冷徹な殺し屋なのですが、本人はそれを「天から与えられたミッション」のごとく、何の疑問も持たずに忠実に、そして文字通り命を賭けて遂行するわけです。そこには「金稼ぎのため」という欲望はなく、プロとして仕事をこなすという生真面目さしかありません。

トム・クルーズ演じる殺し屋

生計を立てるためであるものの、金を稼ぐというよりは、社会や所属組織のために手段を選ばずに献身的に働く。。。それって世の中大多数のサラリーマンと同じではないでしょうか?

それが、タクシー運転手との会話から、だんだん自分に迷いが生じて、それでもタクシー運転手を殺さずにずっと運転を任せたことで、結果的に命取りになってしまうという皮肉な結果になってしまいます。

映画「コラテラル」が素晴らしいもう一つの点は、シーンに見事にマッチした音楽のセンスです。ジャズクラブを訪れたときに流れる即興ジャズは、マイルスデイビスの「ビッチェズ・ブリュー」に収録されているSpanish Keyという曲です。見事にシーンにハマっています。

また、韓国系のナイトクラブで流れている曲は、Paul OukenfoldというアーティストのReady Steady Goという曲です。

Ready Steady Go

映画ではオリジナルと若干アレンジが変わっていますが、雰囲気はまったく同じです。韓国系のギャングとの銃撃戦も、如何にもロサンゼルスという雰囲気が出ていました。

私は映画のラストシーンで、トム・クルーズ演じた殺し屋の故郷の生活に思いを馳せずにはいられませんでした。彼には友人や家族が果たしていたのだろうか。。。故郷の国では、ひょっとしたら家族思いの良きパパとして全く別の顔を持って生活していたのではないか、など。。。

ジェイミー・フォックス

なお、映画でうだつの上がらないタクシー運転手を好演したジェイミー・フォックスは、高校時代はアメフトでクオーターバックをやり、大学ではジュリアードで音楽を専攻し、卒業後はコメディアンとなり、この映画と同時期に封切りされた「Ray/レイ」でアカデミー主演男優賞を受賞している超ハイパーマルチタレントなのです。この映画でも助演男優賞にノミネートされていたというから空恐ろしい才能の持ち主ですね。

No.3 ノーカントリー (2007)



これはとんでもなく怖ろしい映画です。コーエン兄弟製作のスリラー映画、原題は No Country for Old Men、つまり、老人には理解し難い犯罪の国になってしまった、ということです。映画では引退を目前にした警官(トミー・リー・ジョーンズが好演)にとって、現代の犯罪はもはや理解の度を越えているという凄まじいバイオレンスが展開します。

この映画の見どころはもちろん、(実質的)主演のハビエル・バルデムが演じる殺人犯の怪演ぶりなのですが、麻薬取引現場の壮絶さは、おそらく現代の社会(特にメキシコの辺境など)では日常茶飯事であるだろうし、映画で描かれる殺戮の描写があながち大袈裟とは限らないところにこの映画の恐ろしさはあります。

ひと昔の映画では、このような偏執的な殺人犯は、あまりにも突飛過ぎて発想さえ浮かばなかったかもしれません。しかし、日常のストレスがエスカレートして精神異常をきたす現代社会では、このような精神偏執者が引き起こす事件が毎日のようにニュースに流れます。ストーカーがアイドルをメッタ刺しにする、変質者が隣人を暴行殺人して遺体をバラバラにしてトイレに流す、死体を冷蔵庫に保管する事件など枚挙にいとまがありません。。。

主人公の殺し屋が携える武器からして、尋常ではありません。サイレンサー付きの散弾銃?や、空気圧で相手の額に穴を開ける装置、などなど。

ハビエル・バルデム演じる殺し屋

この映画でも、殺し屋と、主人公の妻が対面して、妻が殺し屋を咎める会話のシーンがあります。殺し屋がどう反応したかは映画では明らかにされませんが、殺し屋の心には彼女の訴えは何も響かなかったのではないかと推測されます。

このあたりの冷徹さも、上記の「コラテラル」でトム・クルーズが一瞬良心の呵責を覚えるシーンと対比してより一層、現代社会の犯罪の底知れぬ深さが浮き彫りになります。

2008年アカデミー賞、作品賞、監督賞、助演男優賞(ハビエル・バルデム)受賞の作品。

ちなみに、このハビエル・バルデムの奥さんは、なんとあの超美人セクシー女優のペネロペ・クルスなんですね。美女と野獣かと思いきや、ハビエル・バルデムって実生活の写真を見ると意外にかなりのハンサムなんです。納得。

No.4 戦火のナージャ/遥かなる勝利へ (2010)





2011年のロシアのドラマ映画。1994年の映画『太陽に灼かれて』の続編として製作された2部作の前後編です(前編が『戦火のナージャ』、後編が『遥かなる勝利へ』)。しかし、どちらも2時間30分もある大作なので、『太陽に灼かれて』、戦火のナージャ』、『遥かなる勝利へ』を3部作と捉えたほうが正しいです。

ロシアの戦争映画として不朽の超大作「戦争と平和」(1967)でも6時間30分なのに対して、この3部作は合計で約7時間30分なので、時間的には上回ることになります。3部作を通して観るにはそれなりの覚悟が必要です。

ストーリーは、1940年代の大粛清時代のソ連を舞台に描かれる第二次世界大戦を通した壮大な人間ドラマです。予め『太陽に灼かれて』を観ていないとストーリー的には厳しいでしょう。

元ソビエト国民の英雄からスターリンの粛清で政治犯ととして追放されたコトフ大佐とその愛娘ナージャの物語を中心に、戦争の悲惨さとスターリン時代の粛清の惨たらしさを描いた名作です。

コトフ大佐

この映画はとにかく戦争の悲惨さの描写が生半可ではなく、アメリカ映画が描く戦争の写実が生ぬるいと感じてしまうほど徹底しています。負傷兵を満載した赤十字貨物船が戦闘機に襲撃・撃沈されるシーン、ドイツ兵を殺害した罰として村人全員が納屋に閉じ込められ焼き殺されるシーンなど。。。

愛娘ナージャが幼いときに父親と過ごした幸せな時代をコトフが回想するシーンがたびたび挿入されます。しかしナージャの子役がとても可愛い!対照的にコトフがおじさんなので、父娘というより孫娘のような雰囲気です。

幼いナージャとコトフの幸せな時代

幸福と絶望は紙一重であるが、コトフはどのような境遇に陥っても逞しくかつ楽観的に生き抜こうとする生命力は感動的です。むしろコトフは自分に降りかかった悲運でさえも楽しんで人生を謳歌しているようにさえ思えます。

主人公のコトフ大佐の生き延びるという執念(そして相反する無謀さ)の凄まじさと、それが実って最愛の娘と束の間の再会を果たすラストシーンは実に感動的です。

ナージャとコトフの再会シーン

このような主人公の描写は欧米映画や日本映画では全く見られないロシア映画ならではの特徴だと思います。ロシアという大国に生きる国民のおおらかさと強靭さを感じずにはいられません。

監督のニキータ・ミハルコフは、この3部作で主演のコトフ大佐を演じています。また、娘のナージャはニキータ・ミハルコフの実の娘なのだそうです。実の親子が演じているでリアルなんですね。ニキータ・ミハルコフは、この映画の前には、米国映画の『12人の怒れる男』のリメイク(これも名作)を監督しています。


No.5 ミュンヘン (2005)





スティーブン・スピルバーグ監督のミュンヘン・オリンピック時(1972年)に発生したイスラエル選手がパレスチナ過激派に惨殺された悲劇の実話を基に、その報復劇を映画化したものです。

現代史に基づいたドラマはどれも説得力があります。昔だと、カンボジアのポル・ポト政権を題材にした「キリング・フィールド」(1984)、エルサルバドルの軍事政権の「サルバドル」(1986)、そして最近ではルワンダの大殺戮の「ホテル・ルワンダ」(2004)、ケニアの「ナイロビの蜂」(2005)など、どれも力作揃いでした。

前半のテロリストによる急襲では、一度逃げ延びるものの、床に転がっているナイフを見つけ、思い直して仲間を救うためにわざわざ戻り、結局惨殺されてしまう選手のシーンがあります。スピルバーグ監督はこのシーンをアラブ調の音楽だけでセリフを無言にし、射殺シーンも直接見せずに血しぶきだけを映すという手法で、昨今の映画の露骨な暴力シーンの氾濫に一矢を報いています。

また、オランダ女性の殺し屋を報復で殺害するシーン(ジップガンというハンドメイドの銃器が使われます)では、ボートハウスでリラックスしている半裸の女性は、最後まで命乞いをするものの、無情に殺されてゆく過程で、最期は愛猫を膝に抱きかかえて息絶えます。非情な殺し屋でも、自分の最期を悟った瞬間は、実に人間味に溢れる反応をするものだと思いました。

オランダ女性の殺し屋

この「ミュンヘン」の特徴は、主人公が果たして自分の行為は正しいものかどうかを悩みながらも、敵からもそして母国のイスラエル政府からさえもじわじわと追い詰められる、いわば「やるかやられるか」という究極の状況に追い込まれてゆく過程を綴っているところにあります。

このように、生と死という生々しいテーマが中心の映画で、救いようがありません。

中東のテロをテーマにした映画には傑作が多いです。同じ黒い9月のテロ組織がスタジアムの観衆を狙う「ブラックサンデー」、ハイジャックされた乗客を奪還する「エンテベの勝利」、最近ではビンラディンの暗殺計画を基にした「ゼロ・ダーク・サーティ」が秀逸でした。「エンテベの勝利」と「ゼロ・ダーク・サーティ」は実話に基づいてるという点で共通していますが、イスラエルとパレスチナの抗争の歴史は、数々の映画の題材になっていますが、それが歴史の事実だということに戦慄を覚えます。


No.6 モンスター (2003)





非情な殺人犯が主人公という点では「ノーカントリー」と共通しているかもしれませんが、こちらは実話の映画化です。シャーリーズ・セロンは、本来はモデル出身の美人女優ですが、この役のために14kgも増量し、眉毛をすべて抜いたそうです(この役で2004年アカデミー主演女優賞を受賞)。ロバート・デニーロがレイジングブルの役のために27kg増量したという逸話がありますが、それに劣らず強烈なプロ意識で頭が下がります。

シャーリーズ・セロン(左は映画、右は素顔)

パッケージ写真を見ると、「私は本当はこんな人生を歩みたくなかった」という悲痛な叫びが聞こえてきそうですが、映画で繰り広げられる元娼婦の連続殺人犯、アイリーン・ウォーノスの極悪非道ぶりは半端ではありません。

1年間で6人の男性を殺害。特に、ヒッチハイクに親切に乗せてくれた初老の紳士を、身元がバレたという理由だけで射殺するシーン(実話ではない)が、最期に主人公のアイリーンが極刑に処されるところで観客が感情的に納得する伏線になっています。

普段の生活では無意識に目をそらす対象である、社会の底辺でもがく最下層の人々。生まれも育ちも恵まれず、本人が望まない形で娼婦として生計を立てるしか選択肢のない生活。我々が普段避けて通っている社会の恥部をこの映画は露骨にさらけ出してしまいます。

世間では「恵まれない人のためにカンパを」とか、TVではタレントが(かなり偽善的な)チャリティ番組に出て、愛とか絆とか訴えていますが、現実はそんな軟弱なものでは済まされない、凄まじいまでの壮絶な世界だという事実をこの映画は目の前に突き付けてきます。

シャーリーズ・セロンの実生活も凄まじい。15歳の頃、晩に酔って帰ってきた父親に暴力を振るわれ、娘の命の危険を感じた母親が父親を射殺したのを目前で見てしまったそうです。単なる美人のモデル出身の女優ではないのですね、ここらへんがアメリカ映画界の底知れぬ深さだと思います(そんな土壌は日本にはないでしょう)。


No.7 シティ・オブ・ゴッド (2002)





リオデジャネイロのスラム街に住む子供のストリートギャングの生態を赤裸々に綴ったブラジル映画です。主要キャストがほぼすべて素人というのも驚きですが、このような殺人や暴力が日常的になっている世界が地球上に実在しているという事実が衝撃的です。とにかく次から次へとギャングの子供たちが人を殺しまくります。殺した方が今度は殺され、もはや最後には登場人物のほとんどが死んでしまいます。

ギャングの仲間入りをする証明のために、まず人殺しをさせるという儀式は、ハリウッド映画の「ニュージャック・シティ」(1991)を彷彿とさせます。殺された方はたまったものではありません。

犯罪を繰り返す少年たち

また、どこかの食料品店(かなんか)の店員をみな縛って、金品を奪って逃げるシーンで、その後、店員がみな縛られた状態で射殺されていたのは、実は物陰から見ていた少年が、現場に残されていた銃を拾って、気まぐれに(!)発砲したのが原因とわかるシーンは背筋が凍りました。

「オマエを本当は殺したくないんだよ。。。」と言いながら目を背けて友人を射殺するシーンだとか、とにかく生理的には拒絶したくなるようなシーンのオンパレード。これはタランティーノ監督の「パルプ・フィクション」を初めて観たときの感覚に似ていると思いました。

しかし、この作品を観てもなぜか沈鬱な気持ちにならず、一級のエンターテインメント娯楽作品として楽しむことができてしまいます。あまりに非日常的なのか、作品の狙いなのかわかりません。


No.8 マッチ・ポイント (2005)





ウッディ・アレン監督、スカーレット・ヨハンソンの美貌が冴えるサスペンス映画です。もちろん、ウッディ・アレンならではの細工が随所に散りばめられた精巧なプロット仕掛けのストーリーになっています。

この映画の醍醐味は、「ウッディ・アレン監督にまた騙された!」と心地良い無念感に浸れることです。大抵の映画の筋などお見通しだと思う人でも、この映画のストーリー展開はなかなか先読みができないと思います。

最初に観たときは、久しぶりに主人公やその妻の言動や行動にドキドキハラハラさせられてしまい、久しぶりに純粋に映画を楽しめたという実感でした。

さして優秀とも思えない刑事が、夜中にハッとベッドから起き上がり、「そうだ!犯人は彼だ!」と見事な推理で真相を突き止めるものの、同僚の刑事から「指輪が見つかったから犯人は違う」と取り合ってもらえず、「やはりそうか。。。」と思い直してしまうシーンは爆笑でした。凡人の閃きは、世の中には認められないものなのですね。。。

ウッディ・アレン監督は、これまで膨大な数の映画(と24回!ものアカデミー賞ノミネート)を作っているのですが、過去発表した36本中30本がマンハッタン(ニューヨーク)を背景にしているのですが、この映画は初めて?ロンドンを舞台にしています。

スカーレット・ヨハンソン

また、この映画でもその美貌とフェロモンを振り撒くスカーレット・ヨハンソン。最近はアイアンマンやアベンジャーズといったアクションもので新たな活躍分野を開拓していますが、官能的な女優という役柄ではこの時期が最高でした。個人的には同時期の「真珠の耳飾りの少女」や「ブーリン家の姉妹」が良かったです。


No.9 トイストーリー 3 (2010)





史上最高の映画ベスト10に、子供向けアニメ映画が入るとは思いませんでした、が、やはりこの作品は稀にみる大傑作です。なぜなら、これまでおそらく1,000本以上映画を観てきて、映画を観て泣いてしまうようなことはまずなかった私が、大泣きしてしまったからです!

映画のストーリーは、ご存知ウッディを中心とした愉快なオモチャキャラクター仲間たちが、持ち主のアンディが大学生に成長してしまい見捨てられてしまうという危機を乗り越えるというものなのですが、焼却炉のシーンでみんなが観念して手を繋ぐシーンや、アンディが最後の最後でウッディをなかなか手放さないシーンなど。。。うう、思い出すだけで涙腺が。。。

焼却炉のシーン

もちろん、映画を観た当時は、幼い娘たちがいて、感情移入し易かったというのもあると思います(独身時代に観たらまた違った印象だと思います)。

トイストーリーは、前作、前々作ももちろん傑作ではあったのですが、まさか、シリーズ最終作がこのような大傑作になるとは夢にも思っていませんでした。世の中の通例に従うと、続編(やその後の続々編)が第一作の出来を上回るというのは極めて稀であり、個人的にも、「ターミネーター2」「ゴッドファーザー Part 2」「ヤングガン2」くらいしか思い当たりません(シリーズ化した「インディ・ジョーンズ」などは別)。

子供はいつか大人に成長するというのは当たり前ですが、育て親にとっては何よりも感動する人生の一大事であるわけで、この映画のテーマはまさにそれだと思います。


No.10 ドッグヴィル (2003)




普通のスタイルの映画に飽きた方にはこの「ドッグヴィル」をお勧めします。映画は全編を通して通常のセットではなく、黒い床に白線が描かれただけで壁も扉も屋根もない場所で、ナレーターが状況を解説するという形で延々と3時間近くも続くのです。

ストーリーは、アメリカの片田舎の町(ドッグヴィル)に追手から?逃れてきたグレースという若い女性と、村の住民たちの交流と対立、そして破滅を、ショッキングに描いたものです。

舞台のような映画セット

グレースの復讐で7人の子供が(親の目の前で)次々に殺されゆくシーンは確かに怖ろしく、因果応報とはいうものの、人間の復讐心とは怖ろしいものです。

私たちは普段の生活では、性善説に基づいた行動で社会生活をしているのですが、それは個人レベルから集団レベルになると、「掟」や「しがらみ」といった制約によって、性悪説をベースに対人関係を変えなければならないというジレンマに陥っています。

物語は意外な結末へ

この作品は、個人ではない、集団としての社会現象や社会行動が必ずしも個人のためにならない悲劇に繋がってしまうというジレンマを鋭く指摘しているのではと思います。

番外 ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女/火と戯れる女/眠れる女と狂卓の騎士 (2009)



番外編は、スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンによる推理小説「ドラゴン・タトゥーの女」「火と戯れる女」「眠れる女と狂卓の騎士」の三部作です。三部作まとめてということで番外にしました。

スウェーデン版とハリウッド版があります。

デビッド・フィンチャー監督でダニエル・クレイグやルーニー・マーラが出演したハリウッド版 (2011年) も悪くないのですが、私はスウェーデン版のほうをお勧めします。

デビッド・フィンチャー版

ちなみに、ハリウッド版のほうは第2作「蜘蛛の巣を払う女」が2018年11月9日に全米公開の予定です。


物語は、雑誌発行者の中年男性ミカエルと、背中にドラゴンのタトゥーを入れたリスベットという謎の少女が協力して、長年解決されなかった失踪事件の本質に迫るというサスペンスです。

リスベットの一見突拍子もない行為が、実は周到に計算された知的な行動であるというところが痛快です。リスベットを演じるノオミ・ラパスが好演しています。決して美人ではないが、強烈な存在感があります。ハリウッド版ではルーニー・マーラがこちらも体当たり演技で好演していますが、ルーニー・マーラは素が美人女優なのでちょっと現実離れしている感じです。

リスベット

映画自体は、陰鬱な雰囲気の漂う流れが全体を支配しています。リスベットの弁護士に対する復讐も強烈だし、犯人の変質者ぶりも相当なところは、ニコラス・ケイジの「8mm」 (1999) に雰囲気が似ています。

カーチェイスなど派手なシーンもありますが、話の展開には、精神病院、公安警察など怪しいキーワードが満載、そして大男のニーダーマン(何をされても痛みを感じない無痛病者)というアイデアも実に斬新です。

ニーダーマン

3部作はもちろん連続して観るほうが話の辻褄が合いますが、「ドラゴン・タトゥーの女」は1話完結になっているのでこれを単独で観るだけでも価値があると思います。

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以上が私の選んだ【史上最高の映画ベスト10】(2000年以降)でした。

ベスト10に漏れた候補には、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「ビロウ」「エレファント」「イングロリアス・バスターズ」「つぐない」「レバノン」などがありました。

10作品のうち「マッチ・ポイント」と「トイ・ストーリー」以外は、すべてサスペンスやスリラー、人が死んだり殺されたりする映画で、コメディやラブストーリーは皆無です。

アカデミー賞受賞作品は、「ノーカントリー」(作品、監督、助演男優)と「モンスター」(主演女優)の2作品だけ。

また、選んだ10作品はすべてレンタル(もしくはオンデマンド)で観たもので、映画館で観たものは一つもありません。これも時代の流れなのでしょうか。。。

さらに、選んだ作品は2000年以降のものですが、2010年のものが最新で、それ以降の2011年以降の作品が皆無という結果になりました。

これは何を意味しているのでしょうか?

最近はあまり新作を観ていない?

それとも最近の映画が趣味に合わなくなった?

これも考え難いです。というのも、2010年以降のほうがWOWOWを契約して映画を観る機会はむしろ増えているのです。

確かに映画の嗜好はずいぶん変わりました。最近は、「トランスフォーマー」や「アベンジャーズ」シリーズに代表されるようなハリウッドのアクションものや、CGを多用した津波やビル崩壊シーンなんかをウリにしているスペクタクル映画には全く興味を失ってしまいました。

ひょっとしてこれは、音楽の趣味で立証されてしまった「音楽の嗜好は35歳で止まる」の映画バージョンで、「映画の感動は45歳で止まる」説ではないでしょうか?

もしそうだとすると、私の人生ではこれから生涯のベストと思えるような映画には出会うことはないことになってしまいます。

うーむ、だとするとこれはちょっと衝撃的です。

ちなみにネットを探すと、英BBCの「21世紀の偉大な映画100位」や、米ニューヨーク・タイムズの「21世紀のベスト映画25本」という企画が見つかりました。上のベスト10のなかにも重なっているものもあります。英BBCのランキングでは、偶然にも私のベスト1の「マルホランドドライブ」が第1位に選ばれています。

「マルホランドドライブ」のデヴィッド・リンチ監督については、以前のブログでその作品を紹介しました。他の作品も結構気に入っています。 デヴィッド・リンチの世界~「デューン/砂の惑星」「マルホランド・ドライブ」「ツイン・ピークス」 デヴィッド・リンチの世界(その2)~「ブルー・ベルベット」「ワイルド・アット・ハート」「ロスト・ハイウェイ」 デヴィッド・リンチの世界(その3)~「イレイザー・ヘッド」「エレファント・マン」「ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間」
映画の好みというより、監督の好みのほうがランキングをつけやすいかもしれません。私の場合も、映画監督のランキングベスト10であれば簡単に選ぶことができます(カッコ内は私の選んだ代表作)。

1. デヴィッド・リンチ(マルホランド・ドライブ)
2. ジョン・カーペンター (遊星からの物体X)
3. マイケル・マン(ヒート)
4. マイケル・チミノ(ディア・ハンター)
5. フランシス・フォード・コッポラ(地獄の黙示録)
6. ルキノ・ヴィスコンティ(家族の肖像)
7. オリバー・ストーン(プラトーン)
8. ポール・バーホーヴェン(トータル・リコール)
9. テリー・ギリアム(未来世紀ブラジル)
10. サム・ペキンパー(戦争のはらわた)

ざっとこんな感じです。映画監督についてもいつかまとめて記事にしたいと思います。





コメント

  1. FBから拝見させていただきました。
    1位マルホランドドライブ!
    以外にも共通点多くてびっくりです。
    ドッグヴィルとかマッチポイントとか。
    マッチポイントは今でもよく見返します。
    まだ見てない映画も多く、参考になりました!

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    返信
    1. たんやおさんブログ訪問ありがとうございます!そしてマルホランド・ドライブの良さを共有できて嬉しいです!
      基本何度見ても飽きない映画が好きなのですが、デヴィッド・リンチ監督の「インランド・エンパイア」にはやられました。
      今後ともよろしくお願いします。

      削除

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