映画『マルホランド・ドライブ』:これまで観た1000本以上の映画のなかで文句なしの最高傑作

これまでに観た映画の生涯ベストは何か?と聞かれれば、迷いなく、デヴィッド・リンチ監督の「マルホランド・ドライブ」と答えます。



最初に観たときは、ストーリーに全く追い付けず、不可解なシーンのオンパレードでいったいなんのコッチャ状態でした。

ただ映画全体が放つ独特の妖艶な雰囲気(これぞデヴィッド・リンチワールドです)に心を奪われてしまい、強烈な印象が残りました。

その後何度か観ているうちに、なんとなく背景が理解できるようになります。それでも解釈に自信がなく、不可解なシーンの多くは謎のままです。

そこで、ここからはネットの解説に頼ることになります。「マルホランド・ドライブ」の謎解きサイトはいくつかあるようです(映画:マルホランド・ドライブ あらすじ)。

すると。。。

これまで不可解だったシーンに実は深い意味が隠されていることがわかり、まるでジグソーパズルが組み上がるように、頭のなかですべてのシーンが有機的に結び付き出します。

同時に、この映画のテーマである、主人公の愛と憎しみ、人生が決して望み通りに行かないことの無常感、無念さといった感情に圧倒されます。。。

平たく言ってしまえば、この映画は、ハリウッドで挫折した田舎出の女優が、妬みからかつての愛人(成功してスターになった)を殺し屋を雇って命を奪ったものの、良心の呵責に耐えかねて最後には自殺するまでの回想録(ほとんどは彼女が眠っている間に見た夢の話)です。

また、この映画は、普段の生活では封印して決して表に出て来ない底なしの恐怖というものを剥き出しにしてしまいます。

冒頭の自動車事故

冒頭の自動車事故のあと、リタが見降ろすロサンゼルス市街の美しい街灯の光景ですが、ここにこの映画のすべてが象徴されているような気がします。

表向きは美しいが、その裏には欲望の渦巻くドロドロとして怖ろしいものが潜んでいる恐怖。。。表向きは華やかなハリウッドの世界、その裏で配役争いを巡る熾烈な競争、汚い手段、犯罪。。。リンチはこういったものを映画を通して訴えたかったのではないかと思います。

映画のなかでオーディションでカミーラ・ローズが歌う I've Told Every Little Starは、60年代のオールディーズの無垢なラブソングであるにも関わらず、このシーンで使われると、背筋が寒くなるほど怖ろしい歌に変貌してしまいます。。。(最近は「マツコの知らない世界」のテーマ曲で有名になってしまいましたが)。

I've Told Every Little Star

 I've Told Every Little Star(邦題「星に語れば」)は、1932年にジェローム・カーンとオスカー・ハマースタイン2世が『Music In The Air』というミュージカル映画のナンバーです。

いろいろなアーティストが歌っていますが、本作のバージョンはLinda Scottが1961年にカバーしたものです。

I've Told Every Little Star

次のこのシーンも強烈です。

これはダイアン(ブレイク前のナオミ・ワッツが好演)とリタが夜中にロス市街のナイトクラブ(クラブ・シレンシオ)を訪ねるシーンですが、その雰囲気はまさにデヴィッド・リンチワールド!

カメラがナイトクラブの入り口に近づくカメラワークは、それが人間の視点ではなく、何か地を這う生き物の視点で迫るところが空恐ろしい。。。

No Ai Banda! (ここに楽団はいない!)と凄むステージ上の男と、それを証明するかのような奏者の空演奏。陰影なサウンドもさることながら、続く「泣き女」のバラードLlorandoは真に心に響きます。

Llorando

真っ赤なシルクで覆われたステージは、「ツイン・ピークス」のThe Black Lodge(後述)に通じるものがあります。

ほかにも、怪しい老夫婦、カウボーイの男、ウィンキーズ(ダイナー)の裏に棲む浮浪者、電話口の会社重役、ドジな殺し屋、などなど。。。

怪しい老夫婦

カウボーイ

ウィンキーズの浮浪者

会社重役

ドジな殺し屋

最初は意味不明だった登場人物それぞれが、実は深い存在意義があることがわかってくるのです。

以下のYouTubeの解説は、映画の難解なシーンを見事に解説してくれます。

Mulholland Drive Diner Scene Analysis

しかし、デヴィッド・リンチ監督は、明確な解答を出さず、すべて観る者の解釈に委ねています。つまりこの映画の解釈は人それぞれであると。。。

このような映画鑑賞体験は衝撃的でした。

もう何十回と観ていますが、そのたびに新しい発見と感動があります。まだ理解できないところも残っています。いくつかの異なった解釈ができるシーンもあります(例えば、老夫婦は田舎の両親で、ダイアンは性的虐待を受けていたという解釈に対し、老夫婦は一般世間の聴衆を象徴しているという解釈など)。

映画を観ながらストーリーの解釈などまっぴらという人も多いと思います。「マルホランド・ドライブ」の素晴らしいところは、そのような「ながら見」でも映画全体に漂う雰囲気を十分堪能できるところにあります。例えて言えば、名画鑑賞に似ています。本当に素晴らしい名画は、その制作背景やテーマを知らなくても十分楽しめるのと同じです。

(2021年5月20日 追記)

映画の終盤、エンドクレジットの直前に、ダイアンのロス到着から破滅に至るまでの走馬灯のようなシーンで流れるBGM "Love Theme" が印象に残っていたのですが、その旋律がバルトークの弦楽四重奏曲第5番にソックリであることに気付きました。

開始1分30秒くらいからの旋律が、デヴィッド・リンチ監督の映画「マルホランド・ドライブ」のラストシーンで流れるBGM(Love Theme)にソックリなんです。

これはもう、デヴィッド・リンチ監督がこの曲を知っていて、バルトークからモロに影響を受けたとしか考えられません。

「マルホランド・ドライブ」から"Love Theme"

上の"Love Theme"の2分15秒くらいからの旋律と、下のバルトーク弦楽四重奏曲 第5番 第2楽章の1分45秒くらいからの旋律をぜひ聴き比べてみてください。

バルトーク弦楽四重奏曲 第5番 第2楽章

どうですか?ソックリではありませんか?

バルトークとデヴィッド・リンチ監督がこんなところで繋がるとは感慨深いです。

(2022年3月30日 追記)
デヴィッド・リンチ監督の自伝書『夢みる部屋』には、この作品がどのような数奇な運目を経て映画化されかたが詳細に記されています。


『マルホランド・ドライブ』は当初、劇場映画ではなくTVシリーズ向けに撮影されたものだっというのは驚きです。

ABCやディズニーの重役たちのケチがついて、お蔵入りしてしまったものを、スタジオカナルを中心とした新しいスポンサーが買い取って、追加撮影を経て劇場向け映画として復活させたのでした。

本著には、『マルホランド・ドライブ』を実に的確に表現しています(以下引用)。

「人生がはっきりした直線として展開するわけではない。人は一日の中で実際に身の回りで起こっている出来事の中を動く間、記憶や妄想、欲望、未来の夢を出たり入ったりする。そうした心のゾーンは相互ににじみあう」

「『マルホランド・ドライブ』はこうした複数の知覚水準を反映する流動的な論理を持って、様々な主題を検討する」

不世出の傑作映画が誕生したのが、これほどまでに偶然や運命に翻弄されたのかと驚くばかりです。

デヴィッド・リンチ監督の世界『デューン/砂の惑星』『マルホランド・ドライブ』『ツイン・ピークス』『インランド・エンパイア』 『ブルー・ベルベット』『ワイルド・アット・ハート』『ロスト・ハイウェイ』続・デヴィッド・リンチの最高傑作 『イレイザー・ヘッド』『エレファント・マン』『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』続々・デヴィッド・リンチの最高傑作

コメント

  1. トンデモだらけの人々でしたが最高傑作のひとつだと思います。

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    1. 本当にトンデモだらけの人々ばかりですよね。。。こんなユニークな映画は滅多にないと思います。

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