映画『灼熱の魂』:ヴィルヌーヴ監督初期の衝撃作(予備知識なしで観ることをおススメします)

映画『灼熱の魂』は、2010年のカナダ映画。レバノン生まれでカナダ・ケベック州に移住した劇作家ワジディ・ムアワッドの戯曲『焼け焦げるたましい(原題:Incendies、戦火)』(2003年) の映画化。ドゥニ・ヴィルヌーヴが脚色と監督を務めた作品です(Wikiより)。


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以下、『灼熱の魂』のレビューを書き記します [注意:ネタバレ満載の内容です]

1. 映画『灼熱の魂』

あらすじWikiより引用):ケベック州に住む双子の姉弟ジャンヌとシモンは、亡くなった母親ナワルからの遺言を受け、未だ見ぬ彼らの父親と兄の存在を知る。そして遺言によりジャンヌは父親への手紙を、シモンは兄への手紙を託され、二人は中東の母親の故郷へ初めて足を踏み入れる。。。。


スタッフ・キャスト
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:ルブナ・アザバル、メリッサ・デゾルモー=プーラン、マクシム・ゴーデット、レミ・ジラール

[シネフィルより]
2011年アカデミー賞外国語映画賞ノミネート、カナダのアカデミー賞、ジニー賞の主要部門(作品賞、監督賞、主演女優賞)を含む8部門を独占! その他、30カ国以上の映画祭で大絶賛を受けた、衝撃的な家族の秘密と母親の崇高なる愛の物語。

世間に背を向け、我が子にも心を開かなかった母親の突然の他界。残された二通の手紙と遺言に導かれ、双子の姉弟は、母の数奇な人生と家族の宿命を探り当ててゆく…。あまりにも恐ろしく、そして残酷な真実。想像を絶する母親の魂の軌跡をたどる、心震わす至高のヒューマン・ミステリー。

映画『灼熱の魂』予告編

2. 映画の見どころ

監督が『DUNE/デューン 砂の惑星』『ブレードランナー2049』『メッセージ』のドゥニ・ヴィルヌーヴということ以外は、どんな内容か知らずに予備知識ゼロで観ました。
まだ観ていない方には、この映画に限っては、ネタバレはもちろんのこと、何の予備知識もなく観ることを強くおススメしますので、以下のブログ内容は決して読まないでください 笑

とにかく、滅多にお目にかかれることのない、衝撃的なストーリー展開の映画です。

映画の舞台は中東のどこかということで特定されていませんが、長年の内戦状態で荒廃したレバノンであるのは確実です。

レバノンといえば、かつては「中東のパリ」とまで言われたベイルートを首都に持つ美しい国でした。

長年宗主国であったフランスの影響が強く、中東では珍しくキリスト教が中心の国家です。

しかし、70年代のアラブとイスラエルの紛争の影響で多数のパレスチナ難民がレバノン国内に流入すると、宗派のバランスが崩れて内線勃発、国は廃墟と化しました。

レバノン内戦(首都ベイルート)Wiki

映画に出てくるキリスト教徒によるイスラム教徒のバス襲撃事件は、この内戦勃発のきっかけとなったアイン・ルンマーネ事件を題材にしていると思われます。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作『灼熱の魂』本編映像<バス襲撃の果て>

イスラム教対キリスト教の暴力の連鎖が、この映画の主題になっています。

主人公の母親ナワルはキリスト教徒ですが、村の掟を破って難民のイスラム教徒との駆け落ちを試みるも失敗、さらにキリスト教の過激派がイスラム教徒のバスを襲撃した事件で奇跡的に生き延びたことで、キリスト教徒過激派の指導者を暗殺、そして逮捕されて拷問を受けます。


ヴィルヌーヴ監督の作品には、暴力を題材にしたものが少なくありません。

メキシコの麻薬カルテルとの抗争を描いた傑作『ボーダーライン』もそのひとつです。



『ボーダーライン』のスタイリッシュな作風は、マイケル・マン監督の名作『ヒート』にも通じるところがあって、個人的にはヴィルヌーヴ監督の作品のなかで最も気に入っています。

『ボーダーライン』(原題『シカリオ』)という邦題は、昭和のワタシにとってはマドンナのデビュー曲を連想させるだけで、あまりに陳腐ですが 笑

Madonna - Borderline (Official Video) [HD]

暴力といえば、ちょうど『暴力の人類史』(スティーブン・ピンカー)という本を読んでいる最中でした。



「人間社会における暴力(戦争、殺人、暴力犯罪、レイプ、、、)は、有史以来減り続けている」

「国家の誕生が暴力の発生に強い歯止めをかけた」

ということだそうですが、

「国家ができた後の、おもな暴力の(戦争の)原因は、宗教とイデオロギー」

だったということで、この映画は、そんな人類の愚かさゆえの暴力による悲劇を生々しく訴えかけてきます。

映画の進み方は、時系列が意図的に前後するのと、随所に伏線が張られているので、集中して観ていないと混乱してしまいます。


基本的には時代設定は2つ。現在(母無きあとの双子の兄弟)と過去(母の若い時代)ですね。

平たく言ってしまえば、この映画は、自分たちの母親の隠されたルーツを探る旅の話。


テロリストによる殺人や虐殺のシーンなど、暴力シーンはふんだんに出てきますが、ヴィルヌーヴ監督のスタイルらしく、鮮血がほとばしったり、ムダな殺戮シーンなどは敢えて鑑賞者に見えないように工夫されています。


控えめながらズシンと心に重く残る音楽と、中東の砂漠の息を呑むような美しさと人間の残虐さのコントラストも見事です。

特に『DUNE/デューン 砂の惑星』の砂漠の描写と同じような、中東の砂漠や市街地の映像美には目を奪われます。


そして、ラストの最も記憶に残る「1+1=2ではなくて1」(自分たちの父親は、自分たちの兄と同一人物)だったと悟る衝撃の事実に繋がっていくわけです。

近親相姦の悲劇として、古代ギリシャ戯曲の『オイディプス王』との共通点を指摘するレビューも少なからずあるようで、その点では、この映画で描かれるような奇遇が果たして一般的かというと、賛否両論あるようです。

しかし、映画は、ドキュメンタリー作品と違い、理屈や筋書きの正しさや正確さを追い求めるものではありません。

何よりも、観終わったあとに湧き上がって来る自分の感情こそが、映画鑑賞の真髄ではないでしょうか。

そういう意味では、この作品を観終わったあとは、何とも言えない空虚さでしばらくは身体を動かすことも辛いと感じる状態に陥るかもしれません。

この映画には、単なる反戦のメッセージだけでなく、母親の愛情や兄弟の絆、女性の逞しい生き方、暴力の連鎖を断つ手段など、さまざまな要素が盛り込まれています。

『灼熱の魂』は、私がこれまでに観た映画のベストのひとつであるのは間違いないでしょう。

こちらのヴィルヌーブ監督作品ベスト10でも1位になっていますね。




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