映画『ポップスが最高に輝いた夜』:名曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」奇跡の誕生の舞台裏


映画『ポップスが最高に輝いた夜』を観ました。


1985年に米国でリリースされた楽曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」の誕生秘話を描いたドキュメンタリー映画です。

マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー、ブルース・スプリングスティーンやシンディ・ローパーといった当時のアメリカ音楽界を代表するスーパースターがなんと46人も参加したチャリティーソングです。

当時大学生で、洋楽にどっぷりと漬かっていた身としては、懐かしさもさることながら、この名曲がどれほどクレイジーな状況で奇跡的に誕生したのかを知って驚愕しました。

Netflixで鑑賞、以下はそのレビューです。

1. 『ポップスが最高に輝いた夜


以下Wikiからの引用です。

『ポップスが最高に輝いた夜』(ポップスがさいこうにかがやいたよる、The Greatest Night in Pop)は、バオ・グエン監督による2024年の音楽ドキュメンタリー映画。

この映画は、有名なポップ・ソング「ウィ・アー・ザ・ワールド」の創作と1985年のレコーディングについてのものとなっている。この映画には、ライオネル・リッチー、ブルース・スプリングスティーン、ヒューイ・ルイス、ディオンヌ・ワーウィック、シンディ・ローパーなど、この曲に関わった様々な人々への新しいインタビューが含まれている。

配給
『ポップスが最高に輝いた夜』のワールドプレミアは、2024年1月19日にサンダンス映画祭の特別上映の一環として行われた。2024年1月29日、Netflixはそのサービスにより映画を公開した。

ポップスが最高に輝いた夜(The Greatest Night in Pop)

監督 バオ・グエン
出演者
ライオネル・リッチー
マイケル・ジャクソン
スティーヴィー・ワンダー
ダイアナ・ロス
ティナ・ターナー
ブルース・スプリングスティーン
ヒューイ・ルイス
シンディ・ローパー
シーラ・E
ディオンヌ・ワーウィック

配給 Netflix
公開 2024年1月29日
上映時間 96分
製作国 アメリカ合衆国 イギリス

(引用おわり)

The Greatest Night in Pop | Official Trailer | Netflix

Netflixの国内での配信は、2024年1月に始まり、言語は英語と日本語のどちらかを選択できます。

2. ウィ・アー・ザ・ワールド

1985年に米国でリリースされた楽曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」は、おそらく世界で最も有名なチャリティー・ソングでしょう。

We are the world アーティスト名&歌詞付 日本語訳付

この楽曲、学生時代からカラオケでみんなと何度歌ったことか。。。笑

参加アーティスト
五十音順

アル・ジャロウ
ウィリー・ネルソン
ウェイロン・ジェニングス
キム・カーンズ
クインシー・ジョーンズ(プロデューサー及び指揮)
ケニー・ロギンス
ケニー・ロジャース
ジェフリー・オズボーン
ジェームス・イングラム
ジャッキー・ジャクソン
シンディ・ローパー
シーラ・E
スティーヴィー・ワンダー
スティーヴ・ペリー
スモーキー・ロビンソン
ダイアナ・ロス
ダリル・ホール&ジョン・オーツ
ダン・エイクロイド
ディオンヌ・ワーウィック
ティト・ジャクソン
ティナ・ターナー
ハリー・ベラフォンテ
ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース
ビリー・ジョエル
ブルース・スプリングスティーン
ベット・ミドラー
ポインター・シスターズ
ボブ・ゲルドフ
ボブ・ディラン
ポール・サイモン
マイケル・ジャクソン
マーロン・ジャクソン
ライオネル・リッチー
ラトーヤ・ジャクソン
ランディ・ジャクソン
リンジー・バッキンガム
レイ・チャールズ

参加アーティストはまさにスーパースター揃いの豪華メンバーなのですが、特筆すべきは、これらアーティストの大半が、作詞作曲も自ら行うアーティストだったということです。

作詞作曲をしない、ボーカルだけのアーティストは、カントリー・ミュージックのケニー・ロジャースとウィリー・ネルソンくらいではないでしょうか。。。?

リード・ボーカルの歌唱順(ロング・バージョン)
1A:ライオネル・リッチー、スティーヴィー・ワンダー、ポール・サイモン
1A':ケニー・ロジャース、ジェームス・イングラム、ティナ・ターナー、ビリー・ジョエル
1B:マイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロス
2A:ディオンヌ・ワーウィック、ウィリー・ネルソン、アル・ジャロウ
2B:ブルース・スプリングスティーン、ケニー・ロギンス、スティーヴ・ペリー、ダリル・ホール
C:マイケル・ジャクソン、ヒューイ・ルイス、シンディ・ローパー、キム・カーンズ
repeat1:ボブ・ディラン
repeat2:レイ・チャールズ
repeat3:スティーヴィー・ワンダー、ブルース・スプリングスティーン
repeat4:ジェームス・イングラム、レイ・チャールズ

個人的には、神々しいマイケル・ジャクソン、絶叫ブルース・スプリングスティーン、圧巻シンディ・ローパーの3つのリード・ボーカルが最も印象に残っています。

以前ブログにまとめた以下の記事でも、「ウィ・アー・ザ・ワールド」に参加したアーティストには、ビリー・ジョエルとマイケル・ジャクソンが入っています。

[洋楽アルバム生涯ベスト42] 自分の音楽を形成した42枚のアルバムコラージュ

参加アーティスト全46名のうち、私が知らなかったのは、ジャクソンファミリーのメンバー区別がつかないのと、収録の途中で帰ってしまったウェイロン・ジェニングスのみ!

リンジー・バッキンガム(フリートウッド・マックのボーカル兼ギタリスト)なんか、私は大ファンでしたが、知らない人も多いのでは?

ちゃんとビデオの後半にも歌っているシーンが映っています。

逆に、当時のアメリカ音楽界を代表するアーティストで参加しなかったのは、

プリンス(本作でも事情は詳しく触れられている)
マドンナ(事務所がシンディ・ローパーを選んだ)
ヴァン・ヘイレン(ツアー中で不在)

が有名ですが、他にも

ピーター・セテラ、REOスピードワゴン、ZZトップ、ジョン・クーガー・メレンキャンプ、ジャネット・ジャクソン、スティービー・ニックス、チャカ・カーン、フォリナー、リンダ・ロンシュタット、ロッド・スチュワート、ボズ・スキャッグス、ドン・ヘンリー、マイケル・マクドナルド。。。

きりがないですね 笑

そういえば、マイケル・ジャクソンとダイアナ・ロスは、このとき一緒に仲良く歌っていますが、二人の間には複雑な確執があったようです。

当時、ダイアナ・ロスの姉は若いときのマイケルに妊娠させられて、長女はマイケルの子どもだと訴訟になりました。

マイケル・ジャクソンの「ダーティ・ダイアナ」という曲は、暗にダイアナ・ロスを指しているとも言われました(当人は否定)

Michael Jackson - Dirty Diana (Official Video)

こうして思い出してみると、80年代のアメリカのポップミュージックは、ホントにいろいろなアーティストが活躍していましたね。

3. 映画の内容

プロジェクトの実行リーダーであったライオネル・リッチーが、当時の収録スタジオ(A&Mスタジオ)で回想するシーンが骨子となってドキュメンタリーは進行します。


このプロジェクト(USAフォーアフリカ)の発起人はバンドエイドも仕掛けた超大物のボブ・ゲルドルフ


ちなみに、バンドエイドとは、「ウィ・アー・ザ・ワールド」に先駆けて、1984年にイギリスとアイルランドのロック・ポップス界のスーパースターが集まって結成されたチャリティー・プロジェクトのことです。

「Do They Know It's Christmas?」(ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス)という楽曲がリリースされています。

Band Aid - Do they know it's christmas 1984 | HD

こちらには、スティング、ジョージ・マイケル、ボーイ・ジョージなど以下の英国/アイルランドのアーティストが参加しています。

A to Z順

Bananarama
Big Country
The Boomtown Rats 
Culture Club
Duran Duran
Heaven 17
Jody Watley(Shalamar)
Kool&The Gang
Marilyn
Paul Young
Phil Collins
Spandau Ballet
Status Quo
Sting
The Style Council
Trevor Horn(元The Buggles、Yes)
U2
Ultravox
Wham!


バンドエイドもUSAフォーアフリカに勝るとも劣らない凄まじい豪華メンバーですね!

これは余談ですが、当時大学生で海外に一度も行ったことのないドメドメの私は、アメリカとイギリス出身のアーティストの区別がつきませんでした 笑

話を映画に戻します

楽曲の作詞作曲は、マイケル・ジャクソン(元ジャクソンズのリードボーカル)とライオネル・リッチー(元コモドアーズのリードボーカル)の共作でした(当初はスティービーワンダーに作曲を依頼したが音信がなかった)。


マイケルジャクソンは楽器が弾けないから、全パートを声で表現して録音したそうです。また、「ウィ・アー・ザ・ワールド」という歌詞はマイケルジャクソンが考え付いたとのことです。

「黒人に手を差し伸べる白人はいるが、黒人を救う黒人はいない。仲間を飢えから救おう」(ハリー・べラフォンテ)


プロジェクトの発起人は、当初みな黒人アーティストだったのが、白人にも声をかけようということで、ケニー・ロジャースやリンジー・バッキンガムに協力を求めました。

ライオネル・リッチーは、アメリカン・ミュージック・アワードの司会をやることになっていたので、その準備の合間を縫ってマイケル・ジャクソンと作詞作曲を進めていたという途方もない過密スケジュールでした。


レコーディング予定日は、なんとそのアメリカン・ミュージック・アワード当日の夜(1985年1月28日)に決定。

当日の8日前にやっと曲が書き上がり、クインシー・ジョーンズに渡すことができました。

他のアーティストに渡すためのデモテープが出来たのがなんと5日前


このとんでもない過密スケジュールで、よくもあれだけの名曲を生み出すことができたものだと思います。

このドキュメンタリー映画には、当時のスーパースターたち何人かがインタビュー形式で登場します

シンディ・ローパーまだ若い!


ブルース・スプリングスティーンは、収録の前日に東海岸(バッファロー)でツアー最終日だったので、アメリカン・ミュージック・アワードには参加せず、ツアー終了後に飛行機でロサンゼルスに飛んだそうです


ツアーを終えたばかりで酷使し続けた声の調子は厳しかったそうですが、それがあのシャウトになったわけで、凄まじいプロ根性ですね

おっちゃんになったケニー・ロギンス、なんかカワイイ 笑


多くのアーティストのなかで、孤高のボブ・ディランは格別に目立っていました。彼は本当にユニークな存在ですね。。。


全員のコーラスでもほとんど歌うことなく、ソロパートの収録に至っては、全員をスタジオから一時的に出て行ってもらって、なんとか収録できたというエピソード


ちなみに、ソウルフルなボーカルで魅了したアル・ジャロウは、収録のときには酒を飲み過ぎていて歌詞を全然覚えられず、相当な迷惑をかけたようです


当初参加予定だったプリンスがスタジオに来なかった裏話の実情も織り込まれています


当時プリンスの恋人だったシーラ・Eが、プリンスを呼び出すために周囲に利用されていたというダーティな話も盛り込まれているところも、裏表含めて真実味のあるドキュメンタリー映画として高い完成度になっています


スティービー・ワンダーが、収録中に突然、スワヒリ語の歌詞を入れようと言い出して、収録が混乱状態に


それに愛想を尽かしたウェイロン・ジェニングスは収録の途中で帰ってしまったそうです


こんなカオス状態のなかで、当日のアメリカン・ミュージック・アワードの司会の大役を終えたばかりのライオネル・リッチーが、見事なリーダーシップで場をとりまとめて、無事にレコーディングを朝の5時に終了させたというのは、見事というほかありません。

音楽が世界を変えるパワーになると信じて行動する偉大なアーティストたちの物語。


ライオネル・リッチー、歳取って本当にいい顔になった。。。

まだまだ他にもエピソードは語り尽くせないほどです。

4. 映画の感想

大袈裟ではなく、誇張でもなく、これほど心に響くドキュメンタリー映画は初めてでした。

まず、マイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーが楽曲のメロディを文字通りゼロから創造するインスピレーションがあまりに神がかって圧倒されてしまいました。

超一流のアーティストというのはこういうことができる才能なんだと垣間見ることができます。

そして、最も印象に残ったのが、ライオネル・リッチーの殺人的な超過密スケジュールのなかで、この曲が誕生したという奇跡。

作詞作曲から、実際のレコーディングまでたったの8日間あまり。。。!

そして、アメリカン・ミュージック・アワードの日にロサンゼルスに集結しているアーティスト全員を、アワード終了後にスタジオに呼び寄せてほぼ徹夜でレコーディングを完成させるという超突貫プロジェクト。

さらに、プロジェクトの実行リーダーのライオネル・リッチーは、そのアメリカン・ミュージック・アワードの初めての司会を務めて、自身も6つの賞を受賞して、2度ステージで歌ったあとにスタジオ入りしているんです。


そのレコーディング現場で、今度は何十人という超大物たちを仕切るという離れ業。。。あまりに凄過ぎて現実とは思えません。

このプロジェクト(USAフォーアフリカ)によって、史上最大の1億2500万ドルもの寄付金が集まったそうですが、参加したアーティストや関係者は全員ノーギャラで誰も報酬を一切受け取らなかったそうです。

こういう欧米の徹底したチャリティー精神には、心から敬服してしまいます。

レコーディングや撮影も、現代のいくらでも修正可能なデジタル技術が導入される前の、ごまかしの許されない一発勝負での緊張感も、フィルムを通じて伝わってきました。

それでも、常にニコニコと顔を左右に振りながら上機嫌なスティービー・ワンダーに象徴されるように、アーティストたちは心から楽しんでこのセッションに参加していたようです。

何もかもが輝いていた80年代の全米ポップス音楽業界へのノスタルジーでもあります。

エンドロールに出てくる、今はもう亡きアーティストたち


現在のトップチャートは、ヒップホップ音楽全盛で大きく様変わりしました。この映画に登場するアーティストのような大衆ポップスというジャンルはもはや消え失せてしまいました。

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私のように、「ウィ・アー・ザ・ワールド」を多感な学生時代にリアル体験している身だからこそ、この『ポップスが最高に輝いた夜』に格別の思いを感じて観ることができたのかもしれません。

そういう意味で、80年代のアメリカMTV文化にどっぷりと漬かった経験のある方には、この映画は特におススメです。

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