マタイ受難曲 名盤聴き比べ(リヒター盤以外)

バッハの最高傑作であるマタイ受難曲。個人的にもジャンルを問わずすべての音楽のなかで、ベストの楽曲であります。

学生時代に初めてリヒター盤を聴いて人生観が変わってしまったほど影響を受けて以来、コツコツと集めてかなりの種類のマタイ受難曲を所有することになりました。


以前のこちらのブログでカール・リヒター盤の聴き比べをしましたが、今回はリヒター以外で手持ちの13CDセット+1DVD+1ブルーレイを聴き比べてみました。

以下収録年順です。

1. メンゲルベルク盤(1939年)


メンゲルベルク盤

歴史的な名盤、第2次世界大戦直前のライブ盤で聴衆のすすり泣きが収録されているということでも有名です。現在では考えられない演奏スタイルの是非はともかく、歴史的な遺産ということでは間違いないと思います。ただし、個人的には、バスアリア「わが心よ、おのれを潔めよ」が収録されていないのが大変残念です。録音は正直かなり聴き辛いです。

2. クレンペラー盤(1961年)


クレンペラー盤

オーソドックスなマタイの代表といったらこのクレンペラー盤ではないでしょうか。全体的なテンポの遅さはおそらく随一。大船にゆったりと乗ったようなテンポで雄大な受難の物語が繰り広げられます。しかし長いです。。。!余程覚悟を決めないと全曲通して聴くことはできません。

3. カラヤン盤(1973年)



カラヤン盤

帝王のマタイ盤です。華麗で素晴らしい演奏なのですが、個人的にはどうも苦手です。。。バッハ=キリスト教=質素という固定観念があるせいからでしょうか。ちなみにほれぼれするほど綺麗な演奏です。。。さすがカラヤンという感じでしょうか。

4. シュライアー盤(1984年)



シュライアー盤

リヒターの新盤で福音史家をやっていたシュライアーが指揮と福音史家を兼務した盤です。基本的にリヒターの意志を引き継いだ名演奏だと思います。小気味良いテンポで物語が進みます。シュライアーの人柄が滲み出た温かみのある演奏です。個人的にはリヒター旧盤の次に買ったマタイでした。

5. ショルティ盤(1987年)


ショルティ盤

おそらく一般的には話題にも取り上げられないであろうショルティ/シカゴ響のマタイ受難曲です。マーラーやブルックナーのショルティがバッハを演奏すること自体違和感がありますが、なかなかどうして、個人的にはこの盤は隠れた名盤だと思います。。CDはしばらく廃盤でしたが、最近タワーレコードから自主リリースされています。

解釈はオーソドックス、なんといっても(おそらく)フル編成のオケと合唱のレベルが極めて高く、ショルティらしい強い統率力の下、緊張感のあるマタイが展開されます。ちなみにソプラノはあのキリ・テ・カナワです。
ショルティの「魔笛」は歴史に残る名盤ですが、このマタイ受難曲も引けを取らない完成度だと思います。

6. レオンハルト盤(1989年)



レオンハルト盤

言わずと知れたリヒター旧盤と比肩するレオンハルトの名盤です。ボーイソプラノやカウンターテノールを起用し女性がいないところは徹底しています。リヒター盤と対比されることが多いですが、神々しいほど美しいマタイです。レオンハルトの几帳面な性格が良い意味で反映されています。

女性ソプラノやアルトがいないマタイは好みの問題だと思います。個人的にはどちらでも良いと思っています。ちなみに素晴らしいアルトを聴かせる当時青年だったルネ・ヤーコブスがその後指揮を執ってマタイをリリースしています。

SACD版も出ていますが、リマスターのみでマルチチャンネルは収録されていません。

7. ガーディナー盤(1989年)


ガーディナー盤

アルヒーフがリヒター盤以降に初めてリリースしたマタイ受難曲ということで、鳴り物入りで発売されたものです。古楽器小編成のマタイ受難曲の流れはここから始まった記念碑的名盤です。今では珍しくない古楽器のマタイですが、ガーディナー盤の完成度は今でもトップレベルです。

もしリヒター盤を聴いたことがない状態で最初にこの清々しいガーディナー盤を聴いたとしたら、おそらく生涯のレファレンスになったかもしれません。

余談ですが、ガーディナーのクリスマスオラトリオは個人的にはベスト盤です(アマゾンのレビューに偶然同じ書き込みがありました)。

8.ヘレヴェッヘ盤(1998年)



ヘレヴェッヘ盤

総合的な完成度ではベストに挙げる人も多いマタイではないでしょうか。テンポの速さですが、さらっと流すというよりは、強弱をつけてしっかり印象に残るような演奏に仕上がっているところはさすがです。極めて印象に残るマタイ受難曲です。録音も秀逸。個人的には何度も聴きたくなる数少ない盤でもあります。

9. 鈴木雅明盤(2000年)



鈴木雅明盤

日本人だからとかいう先入観なしに聴いてもこれはトップレベルのマタイ受難曲です。バッハコレギアムジャパンと長年活動してきたことからくる信頼感に裏打ちされた、感動的かつ鋭い洞察の演奏です。特筆すべきは管楽器パートのレベルの高さだと思います。解釈はオーソドックスで安心して聴くことができます。
マタイ受難曲では数少ないSACDのマルチチャンネルが収録されています。


10. アーノンクール盤(2000年)



アーノンクール盤

アーノンクールはマタイ受難曲を3度録音していますが、これはそのなかの3度目の2000年録音盤です。旧盤はどちらも評判が高いものでしたが、現在は廃盤となってしまい入手困難です。

一般的な評価は決して高くないようですが、アーノンクールらしい知的で新しい解釈に満ちた名盤だと思います。リヒター盤のような厳粛な雰囲気ではなく、受難曲にもある種の喜びや救いを見出そうと工夫されています。数年前にリリースされて絶賛されたヘンデル「メサイア」と似たアプローチだと思います。

録音は秀逸。マタイ受難曲ではおそらく唯一のDVD-Audio版もあり、そちらはマルチチャンネルが収録されています。マルチチャンネルで聴くと音楽に包まれるような感覚を堪能できます。またDVD-Audioは再生画面でバッハ直筆の楽譜をスクロールして見れるようになっています。

11. マクリーシュ盤(2003年)



マクリーシュ盤

一般的にはなかなか評価の高いマクリーシュ盤です。形式はOVPP、テンポが極めて速いのが特徴です。まさに疾走するかのごとくキリスト受難の物語が進みます。しかし粗さはなくむしろ徹底的に解釈され尽くした印象を受けます。マクリーシュは指揮者でもあり学者でもあるのですね。

テンポが速いのでマタイ受難曲には珍しいCD2枚組です。ちなみにこのマクリーシュ盤は、CDセットと同じ内容のものが、HMVのオール・バロック・ボックスに含まれています。

12. バット盤(2008年)

バット盤

異色の演奏です。OVPP(One Voice Per Part)と最少規模のオーケストラで演奏されており、まるで室内楽曲のようなバッハです。録音は非常に素晴らしく、ソロのレベルも素晴らしい、LINN RECORDレーベルなのでオーディオ的にも楽しめるマタイ受難曲です。ユニークなマタイ受難曲。
こちらもSACD版があり、マルチチャンネルも収録されています。

13.クイケン盤(2009年)


クイケン盤

リヒター盤の対極にある解釈ではないでしょうか。。。とにかくあの厳かなマタイ受難曲がここまであっさりとイージーリスニング音楽のように演奏されてしまうことは衝撃です。それにも関らず、この演奏には受難のテーマである人間性や神の存在といった宗教的なメッセージがしっかりと込められており、感動的ですらあります。

OVPPの小編成なので、合唱部や神殿が崩れるシーンの迫力などとは無縁です。ただひたすらに透明に美しいバッハの音楽が奏でられるのみです。

私はクイケン盤は最初はダメでしたが、聴き込むうちに、このような解釈もアリではないかと思うようになりました。
録音は秀逸。マタイ受難曲では数少ないSACDのマルチチャンネルが収録されています。

14. 批評家によるマタイ受難曲推薦盤


次に、批評家が推薦するマタイ受難曲の名盤はどうなっているのか、以下の4冊から変遷を調べてみました。

4冊の名曲名盤集

調べたのは以下の4冊の雑誌です。

名曲名盤コレクション2001(レコード芸術別冊 1980年)
新版名曲名盤コレクション2001新版(レコード芸術別冊 1982年)
名曲名盤300(レコード芸術編 1999年)
新編名曲名盤300(レコード芸術編 2011年)

各時代の雑誌ごとのマタイ受難曲の評論家による推薦ランキングは以下のとおりです。

評論家による名盤ランキング

やはりリヒターが圧倒的な支持を得ているのですが、古楽器によるピリオド奏法や小編成演奏、OVPPなど近年の新しい流れが出てきてから多様化しているのがわかります。

82年別冊では、カラヤン盤を美意識で磨かれたマタイとしてリヒターの対極にあると紹介しています。99年では、バッハ没後250周年(2000年)を直前に控え、バッハ作品の演奏が立て続けにリリースされた年でした。

時代を超えて評価されている盤となると、リヒター、レオンハルト、クレンペラーあたりとなるでしょうか。2000年以降にリリースされた評価の高いマタイ盤(マクリーシュ、ヘレヴェッヘ、クイケンなど)は、長い視点での評価がどうなるかが注目です。

15. DVDディスク(コープマン盤)


コープマン盤

2005年教会でのライブ収録のコープマン指揮マタイ受難曲のDVDです。古楽器を使っての演奏で、コープマンらしい表情豊かな演奏です。ソリスト陣も強力。

コープマンは少年のようなあどけさを持ってマタイを振りますが、その姿は感動的でもあります。解釈は異なりますが、コープマンと鈴木雅明はバッハ演奏家として良く似ているのではと思うことがあります。豊かな人間性というか、バッハを心から愛しているという姿勢が聴く側にも感動を与えてくれます。

コープマンは自らオルガンを弾いていますが、通奏低音でリュートの演奏者が映像に映るのですが、リュートという楽器はこれほど巨大な楽器とは知りませんでした。

リュートは巨大です(コープマンのDVDから)

音声はPCMステレオとDolby Surround 5.1chが選べます。DVD2枚組。輸入盤でも日本語字幕が選べます。

16. ブルーレイディスク(ラトル盤)


最近リリースされたもので話題となったのが、ラトル指揮ベルリンフィルのブルーレイ盤です。

ラトル指揮ベルリンフィル

これはライブ映像なのですが、オペラの舞台と見間違うほどの視覚効果を狙って、実に前衛的な演出がなされています。往年のマタイ受難曲に慣れていると、拒絶反応を起こすかもしれません。なんといっても男性ソリストがキスをするシーンまで収録されているのですから。。。

しかし演奏は実に生真面目です。そのギャップが面白いのですが、テノール(福音史家)は全盛期を迎えたマークバドモアです。さすがに素晴らしいパフォーマンスです。

音声はPCMステレオとDTS MA 6.1chが選べます。輸入盤でも日本語字幕が選べます。録音は文句のつけようがないほど素晴らしいです。

17. おわりに


いろいろなマタイ受難曲の聴き比べを勝手に企画・実施してみましたが、曲が曲だけに聴き比べに予想以上の時間(と労力)を費やしてしまい結構しんどい思いをしました。

すべての盤を全曲通して聴いたわけではありませんでしたが、折角の機会だと思ってできるだけ割愛せずに聴くようにしました。さすがにマタイとなるとどの盤も演奏家の並々ならぬ気合いが感じられる名演が多く、聴く側にもある程度の覚悟が求められます。

以下、独断と偏見でベストを選出してみました。

特選:リヒター旧盤 (世の中すべての音楽演奏の最高峰です)
推薦:ヘレヴェッヘ盤 (ガーディナー盤と悩みましたが、完成度の高さでこちらを)
次点:アーノンクール盤 (演奏はもちろんマルチチャンネルの音響効果が素晴らしいです)

そのほかは

技能賞:ガーディナー盤 (合唱もオケも非の打ちどころのない演奏技術です)
敢闘賞:ショルティ盤 (もっと評価されるべきとの思いを込めて)

特別賞:鈴木雅明盤 (日本人として誇りを感じます)

以上、少しでもマタイ受難曲のCDを選ぶ上での参考にしていただければ嬉しいです。長いブログを読んでいただきありがとうございました。


(2015/05/03 追記)

部屋を整理していたらマタイ受難曲のオーケストラスコアが出てきました。もう20年以上前に米国で購入したものです。

マタイ受難曲スコア

バスアリア「わが心よ、おのれを浄めよ」

全曲をスコアを見ながら聴くのは大変ですが、お気に入りの曲だけでもスコアを確認すると面白いですね。

マタイ受難曲 カール・リヒター盤の聴き比べ
【究極のクラシックアルバム名盤ベスト10】

コメント

  1. ヘルマン・マックスのマタイを聞いてください。日本ではほとんど知られていない人ですが、この合唱の名手が演奏するマタイは別格です。なお、バッハメダルを鈴木より数年前に受けている人です。

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    1. こんにちは、ヘルマン・マックスのマタイ、ぜひ聴いてみたいのですが入手困難なようですね。引き続き辛抱強く探してみます。。。

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  2. コメント失礼します。
    ヘレヴェッヘのマタイはいかがですか?
    盤になっておりませんがYouTubeで視聴できます。
    2010年3月28日の演奏会のもので、4月2日にWDRでTV放送、当時かなりの反響があったそうです。
    貼っておきますのでお気になりましたらどうぞ。
    https://www.youtube.com/playlist?list=PLlfLibtMnjOm4nkzw7mygQJoHqJZmoZx3

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    1. こんにちは、コメントありがとうございます。
      ヘレヴェッヘ版は1998年版を本文でも紹介しましたが、個人的にも総合力でベストの1枚です。
      ご紹介いただいたYouTubeも一部ですが拝聴しました。WDRの演奏はなかなか重厚で聴き入ってしまいました。全曲通して聴いてみたくなりました。ご紹介有難うございます。

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  3. 埼玉の鈴木と申します。FBの書き込みを拝見し、興味深く拝読しました。
    僭越ながらご指摘をお許しください。
    コープマンの映像の紹介にある「リュートは巨大」の記述ですが、この大きな楽器は正確には「テオルボ」と呼びます。狭い意味の「リュート」は、ギターより少々小ぶり位の大きさです。
    リュート奏者の方に、両方見せて頂いた経験がございます。リュートは、独奏や、ジョン・ダウランド等のリュートソングで用います。対してテオルボは、上の映像のように通奏低音で用います。以上ご参考まで。

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    1. 鈴木様、ブログ訪問ありがとうございます。またリュートのご指摘いただき感謝いたします。
      テオルボという楽器は恥ずかしながら初耳でした。調べたところ、17~18世紀に使われていた14〜16弦の楽器なのですね。勉強になりました。
      今後ともFBのグループでもどうぞ宜しくお願い致します。

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