[三体/三体Ⅱ/三体 Ⅲ] 中国のベストセラーSF小説が解き明かすフェルミのパラドックスと猜疑連鎖の呪縛


中国発の2900万部を誇るベストセラーSF小説『三体』(2019年)とその続編『三体Ⅱ黒暗森林』(2020年)を読みました。


『三体』は、中国で2008年に単行本が刊行され、オバマ前米国大統領やフェイスブックCEOのザッカーバーグが愛読したことでも話題になりました。

著者の劉慈欣は同作で、アジア人作家として初めてSF界最大の賞・ヒューゴー賞を受賞しています。

地球外に文明がある可能性は高いと思われているが、なぜいままでその文明との接触がないのか、というフェルミのパラドックスの解釈がストーリ―の重要な鍵となります。

もし宇宙で知的外生命体を発見したら、(友好関係を築くよりも)すぐにそれを殲滅させることであるというのが、猜疑連鎖に基づく唯一の賢明な対処策であるという。。。

本作は、人類よりも遥かに進化した三体文明が、地球を侵略するために400年をかけて大艦隊で迫ってくるという衝撃的な物語です。

フェルミのパラドックスの解釈をベースに、以下に『三体/三体Ⅱ』の所感を含めてまとめました [注意:以下ネタバレを含む内容です]

1. 『三体/三体Ⅱ』

『三体』(2019年)は、中国で2008年に刊行されて以来、現在までに世界での売上2900万部(三部作合計)を誇る劉慈欣のベストセラーSFです。


以下は『三体』のあらすじ(Amazonからの引用)です。

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート女性科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。

数十年後。ナノテク素材の研究者・汪淼(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体〈科学フロンティア〉への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象〈ゴースト・カウントダウン〉が襲う。そして汪淼が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは? 

(引用おわり)

三部作のうち、日本では2019年に第1部が翻訳され、翻訳SFの単行本としては異例の13万部(電子書籍を含む)を売り上げています。

『三体』『三体Ⅱ』『三体III』三部作のうち、日本では2019年に第1作が翻訳され、その続編である第2作『三体Ⅱ 黒暗森林』が2020年6月に発売されました。


以下は『三体Ⅱ』のあらすじ(Amazonからの引用)です。

人類に絶望した天体物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)が宇宙に向けて発信したメッセージは、三つの太陽を持つ異星文明・三体世界に届いた。新天地を求める三体文明は、千隻を超える侵略艦隊を組織し、地球へと送り出す。太陽系到達は四百数十年後。人類よりはるかに進んだ技術力を持つ三体艦隊との対決という未曾有の危機に直面した人類は、国連惑星防衛理事会(PDC)を設立し、防衛計画の柱となる宇宙軍を創設する。だが、人類のあらゆる活動は三体文明から送り込まれた極微スーパーコンピュータ・智子(ソフォン)に監視されていた! このままでは三体艦隊との“終末決戦"に敗北することは必定。絶望的な状況を打開するため、前代未聞の「面壁計画(ウォールフェイサー・プロジェクト)」が発動。人類の命運は、四人の面壁者に託される。そして、葉文潔から“宇宙社会学の公理"を託された羅輯(ルオ・ジー)の決断とは?

(引用おわり)

作者の劉慈欣(りゅう じきん、リウ・ツーシン)の略歴(Amazonからの引用)です。


1963年、山西省陽泉生まれ。発電所でエンジニアとして働くかたわら、SF短篇を執筆。『三体』が、2006年から中国のSF雑誌“科幻世界”に連載され、2008年に単行本として刊行されると、人気が爆発。“三体”三部作(『三体』『黒暗森林』『死神永生』)で2100万部以上を売り上げた。

中国のみならず世界的にも評価され、2014年にはケン・リュウ訳の英訳版が行刊。2015年、翻訳書として、またアジア人作家として初めてSF最大の賞であるヒューゴー賞を受賞。また、原作短篇「さまよえる地球」が『流転の地球』として映画化、春節中の中国での興行収入が3億ドル(約330億円)に達したと報じられた。今もっとも注目すべき作家のひとりである

(引用おわり)

私は、『三体』『三体Ⅱ』『三体III』三部作のうち、まだ『三体III』は未読ですが、『三体』『三体Ⅱ』と読了しただけでも、このSF小説のスケールの大きさと完成度の高さには圧倒されてしまいました。

学生時代はSF小説に没頭してかなりの冊数を読みましたが、この『三体』『三体Ⅱ』(とくに『三体Ⅱ』)は、ベストオブベストと言えるほどの傑作だと思います。

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また、この三体シリーズは、現代宇宙物理学の大きなテーマである人間原理(我々の住む宇宙は知的生命体としての人間が生存できるように設計されている)にも深く関わっています。

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さらに、地球外生命体との出会いというテーマは、SF映画でも何度も取り上げられており、異星人を友好的に捉えた『E.T.』『未知との遭遇』だけでなく、『エイリアン』『遊星からの物体X』のような敵対的なものから、『地球が静止する日』の宇宙人が地球を監視するものまで、実にさまざまな作品が作られてきました。

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『三体Ⅱ』の副題にもなっている「黒暗森林」とは、もし宇宙で知的外生命体を発見したら、(友好関係を築くよりも)すぐにそれを殲滅させることであるというのが、猜疑連鎖に基づく唯一の賢明な対処策であるというものです。

これは、フェルミのパラドックスとして一般的に知られている矛盾に対するひとつの解釈で、以下では、そのフェルミのパラドックスについて詳しく見ていきます。

2. フェルミのパラドックス

以下はWikiからの引用です。非常によくまとめられています。

フェルミのパラドックス(英: Fermi paradox)は、物理学者エンリコ・フェルミが最初に指摘した、地球外文明の存在の可能性の高さと、そのような文明との接触の証拠が皆無である事実の間にある矛盾のことである。

概要
フェルミは、当時考えられていた宇宙年齢の長さと宇宙にある膨大な恒星の数から、地球のような惑星が恒星系の中で典型的に形成されるならば、宇宙人は宇宙に広く存在しており、そのうちの数種は地球に到達しているべきだと考察した。1950年に昼食をとりながら同僚と議論の中では「彼らはどこにいるんだ?」という問いを発したとされる。

このような問題について考えたのはフェルミが最初ではなかったが、フェルミはこの問題を「宇宙人の存在の可能性」だけに単純化したという特徴がある。宇宙人と人類の接触の可能性については、時代的には後のことになるがドレイクの方程式といった考え方も提案されている。1975年にはマイケル・H・ハート(英語版)によってこの問題についての研究が始められ、いつしかフェルミ-ハートのパラドックスと呼ばれるようになった。

各種の考察
宇宙人は存在しているが、存在の証拠を人類の知識では理解できないのだという主張から、宇宙人の存在を前提にフェルミのパラドックスの解決が試みられたり、知性を持った宇宙人は存在しないか極まれにしか存在しないので、人類はそれらと接触することができないという観点から議論されることが多い。主として超常現象を基にした憶測に基く様々な解釈・意見が挙げられている。

  • 宇宙人は存在し、すでに地球に到達しているが検出されない。(UFO陰謀説英語版
    • 到達した宇宙人は発見されても全て、各国政府により公表が差し控えられており、調査を試みる者には妨害が加えられる(メン・イン・ブラック)。
    • 到達した宇宙人は全て、潜伏、又は地球の生命に擬態して正体を隠している。
    • 到達した宇宙人は全て、ケイ素生物意識生命体など、地球人が「宇宙人」として認識できない形態の生命である。
    • 別次元(五次元等)に存在するため、地球人が認識出来ない。
    • 恒星間探査機英語版による物理的到達や、ブレイスウェル・プローブ英語版などによる恒星間通信の到達は既に起きているが、単純に地球人側の検出技術の限界により、物理的観測または通信内容の受信が出来ていないだけである。地球文明でも受信可能な21cm線が用いられたWow! シグナルですら、その検出は電波望遠鏡のアンテナが偶然電波の発信方向に向いていたからに過ぎず、物体観測においても小惑星J002E3アポロ12号を打ち上げたサターンVロケットの3段目(S-IVB)である事を最終的に突き止めた手段は直接観測ではなく、過去に辿った軌道の計算から消去法で割り出された結果に過ぎないという程度の検出技術しか有していないのが現状である。


  • 宇宙人は存在するが、なんらかの制限又はある意図のためにまだ地球にやってきていない。
    • 多くの宇宙人は穏健で引っ込み思案な知的生命であるため、宇宙に進出しない。たとえ宇宙へ進出する気概と技術を持った文明であったとしても、宇宙開発の過程でケスラー・シンドロームのような事態が発生すれば、「進出したくても物理的に進出できない」状況に追い込まれる可能性がある。
    • 知的生命体は、高度に発達すると異星人の文明との接触を好まなくなる。特に精神転送の技術が発達し、シミュレーテッド・リアリティの中で生きることを選択する水準に到達した文明人は、基本的に自分たちが作り出した「理想的な仮想世界」の外部の出来事に関心を持たなくなる為。
    • 異星人と接触した結果地球上に起きる混乱を避けるなどの目的で敢えて目立った接触を行わない。これは「動物園仮説」又は「保護区仮説」と呼ばれる。創作小説等の言葉を借りれば、「未開惑星保護条約(宇宙に大規模に進出し得ない文明レベルの惑星には介入しない)」のような星系間の条約が存在する可能性が指摘されている。関連した仮説として、地球人側がどんなに宇宙観測や宇宙人検出の為の技術開発を行っていても、宇宙人側は地球に対してプラネタリウムのように「偽りの宇宙」を見せる為に決して接触することはないというプラネタリウム仮説英語版も提唱されている。
    • 異星人と接触を試みる、もしくは宇宙に向けて自身の存在を発信することは文明の破滅に繋がるためしない。これは黒暗森林理論と呼ばれる。ひとつの文明がもうひとつの文明が存在することを探知したが、相手側はこちらの存在を知らないとき、
      ・宇宙中の文明と文明は、文化的な違いと非常に遠い距離に隔てられているために、(相手側が善意の文明だろうが悪意の文明だろうが)お互いに理解することも信頼することもできない(猜疑連鎖)
      ・どんな文明も突然技術が飛躍的に向上する可能性があるので、うかつにコミュニケーションをとれば(現段階で自分より技術が劣っていたとしても)こちらを探しあてられる可能性がある。また放っておいても探しあてられる可能性がある
      これらの定理により、一つの文明が他の文明の存在を知った後ではコミュニケーションも沈黙も役に立たない。そのためもし宇宙の中に他の文明を見つけたら、生存のための最善策はすぐに相手を消滅させることになる。またこのことにより自分の存在や相手からみた方角、宇宙での座標などの情報を曝すことはできない。よって今までに地球外生命体を発見できていないのは宇宙に存在する文明たちが攻撃の目標にならないように自分の存在を消しているからである。2008年に発売された劉慈欣三体II:黒暗森林に登場する理論。
    • 単純に宇宙人側も地球及び地球人の存在を検出できていない為、地球に対する物理的または通信によるアプローチを試みていないだけである可能性(いわゆるSETIのパラドックス)。観測されている既知の恒星の数からの推計では、太陽系外惑星のうち恒星のハビタブルゾーン内に存在する地球型惑星は、銀河系だけでも数百億個程度存在しているとされるが、太陽系外惑星の発見方法は恒星と比較してかなり限定されており、地球文明が実際に発見できた系外惑星は2019年時点では4000個程度に過ぎず、そのうち実際に地球側からアレシボ・メッセージの様な電波発信が行われた系外惑星は僅か数十個程度である。
    • 宇宙人による全天探索計画が実際になされているとしても、はるか遠方で行っているため光速の壁に突き当たってまだ地球には達していない(137億光年以内に、そのような試みをする知的生命体はいない)。地球人の住む天の川銀河ラニアケア超銀河団に属しているが、宇宙のインフレーションにより超銀河団間の距離は光速で離れていくため、仮に別の超銀河団内に銀河系全体を支配できる水準の文明)カルダシェフ・スケールにおけるIII型文明)が存在したとしても、超光速通信超光速航法を確立していなければ、超空洞を越えて地球人に対するアプローチを行う事自体が出来ない。
    • なおド・ジッター宇宙論では、各銀河団が互いに離れていく速度はダークエネルギーの影響により光速を越える速度で指数関数的に増加しつづけるため、銀河系とアンドロメダ銀河の衝突合体(ミルコメダまたはミルクドロメダの誕生)が発生する約40億年後頃には、ラニアケア超銀河団以外の超銀河団のみならず、ラニアケア超銀河団を構成する各銀河団すらも分裂して宇宙の地平面の遥か彼方へと飛び去ってしまい、ミルコメダからは局所銀河群内の星同士以外、(宇宙背景放射を含む)如何なる星の光も観測が出来なくなる(膨張する宇宙の未来)と予想されている。このような未来の中では、現在の地球人類を含む「ミルコメダの知的生命体」は、たとえIII型文明まで発展出来たとしても、「宇宙には自分達以外の文明は存在しない」という認識を持つに至るであろう。
    • 自らの星系外に進出できる技術水準を持った高度な文明であっても、星系や銀河間航行(恒星間航行)を行うためには、現在の地球上の文明では到達が難しい技術的特異点を突破する必要がある。技術的には恒星船さえ開発でき、航行に非常に長い時間を掛ける前提であれば、(事実上、出発地には二度と戻れないが)惑星を次々に渡り歩く形で生活圏の拡大は可能である。しかし、このような技術水準の宇宙文明が、現在地球上で推定されている自己複製宇宙機のような手段を用いてまで他の星系を目指すような目的は、地球上における宇宙開発から推察される動機の均一性英語版を考慮すると、通常は宇宙移民(或いはその過程における資源採集)以外には考えられず、他の星系で頂点捕食者としての地位を得た宇宙人が地球人と接触した場合に起きることは、宇宙人による侵略英語版に他ならないため、「まだ地球にやってきていない」事は地球人にとってはむしろ幸運であるとも考えられる。スティーヴン・ホーキングは、このような観点から、地球人が宇宙に対して自らの存在を積極的に発信するアクティブSETIに反対していた経緯がある。


  • この宇宙には地球以外に生命体が存在しない。すなわち「存在しないものは来ない」。
    • 地球以外に生命が発生する確率はゼロではないが、今のところ地球の生命が全宇宙で一番目に発生した生命で、二番目がまだ登場していない。或いは二番目以降が存在しても、現在の地球の文明・生命進化のレベルよりも低い水準に留まっている(レアアース仮説)。
    • レアアース仮説とグレート・フィルター仮説の双方を考慮したとき、現時点での地球人の技術・進化の到達点が「グレート・フィルターの手前か、既に越えているのか」が大きな問題となる。グレート・フィルター仮説の提唱者であるロビン・ハンソン英語版は、生命の誕生から文明の発展、そして宇宙移民へと至る過程を9段階に区分しており、現時点での地球人の到達点は8段階目であるとしているが、仮に地球人の到達点がグレート・フィルターより前であった場合、たとえレアアース仮説が正しいとしても地球人類は非常に突破が困難な技術的障壁に宇宙の歴史上最初に直面することになり、もしもレアアース仮説が誤っており、地球人と同程度(I型)または先行した(II型)宇宙文明が過去にグレート・フィルターを突破できないまま滅亡した事態が観測された場合、地球の文明も非常に高い確率で彼らと同じように滅亡する可能性が推定できる為である。ハンソンは「如何なる形であっても、地球外生命の発見は、人類にとっては暗い未来を暗示させる悪いニュースとなるだろう」と述べている。
    • 一方、SETI協会セス・ショスタク英語版は、「証拠の不在は不在の証拠ではない(消極的事実の証明)」事や、仮にダイソン球とみられる天体が地球上から観測できた場合、そのような超巨大構造物を構築できるようなメガスケール工学英語版を確立したII型文明が既に存在している事の示唆でもあり、その宇宙文明がグレート・フィルターに直面してIII型文明に移行できないからといっても直ちに文明全体が滅亡する可能性は非常に低い(即ち、I型文明未満である現在の地球文明も、II型文明までは発展できる可能性が残されている)という反論を行っている。
    • なお、II型文明であっても遭遇すれば文明全体が直ちに全滅する可能性がある事象は、真空崩壊の到達が考えられる。真空崩壊は事前観測がほぼ不可能且つ光速で到達するため、真空崩壊の発生と到達を認知した上で滅亡から逃れるためには、少なくとも複数の惑星系星団に跨る水準のII型文明か、1つの銀河全体の事象を掌握できる水準のIII型文明といった、超光速の通信・航行手段やワープ航法を持つ宇宙文明で無ければ困難である。

このパラドックスに関連する問題は天文学、生物学、経済学、哲学など様々な分野に及び、多くの学術的な成果を生み出した。宇宙生物学という分野の出現で、フェルミのパラドックスと宇宙人の問題に対して、学際的に検討することが可能となった。


(引用おわり)

3. 猜疑連鎖

上記引用で、太字でハイライトしたところは三体シリーズに触れられています。

『三体Ⅱ』の物語の最後では、

「この宇宙で愛を持つ種族はおそらく人類だけだろうと。。。人類文明の進化が未熟で、宇宙の本質は黒暗森林だと理解するのが遅れたのは、人類に愛があるからだ」

と、作者の劉慈欣は、猜疑連鎖による殺戮を防ぐのは愛の力だと示唆しています。

個人的にはこの最後の部分だけは、いきなり情緒的すぎて腑に落ちません 笑

猜疑連鎖とは、囚人のジレンマと同じく、相手の本心がわからない環境においては、協調(異星人との交流)よりも裏切り(異星人の殲滅)を選択することが最善の結果に繋がるという理論です。

「猜疑連鎖は地球では見られない現象だ。人類は、同じひとつの種に分類され、似たような文化、相互に関連する生態系を持ち、ごく近い距離で暮らしている。こんな環境下では、猜疑連鎖はコミュニケーションで解決できる。しかし、宇宙では、祭儀連鎖がとても長く延びていく可能性がある。コミュニケーションによって解決される前に、暗黒の戦いのようなことが起きてしまうだろう」

イヤイヤ。。。人類においても、歴史上の限りない民族間の殺戮や抹殺や、現代においてもウクライナ戦争のように、隣人同士が戦争している現状を見ると、同じ地球上でも猜疑連鎖は避けられないように思えます。

ましてや、この宇宙で愛を持つ種族はおそらく人類だけ、という主張も、むしろ逆に、

「この宇宙で戦闘本能を持つ種族はおそらく人類だけ」

と主張のほうがしっくりと来るような 笑

フェルミのパラドックスにおいて、猜疑連鎖説に近い考えの科学者や有識者は多く、イギリスの著名な物理学者の故スティーブン・ホーキング博士もその一人です。

地球外知的生命体の存在に肯定的な意見を持つホーキング博士は過去、「宇宙人を招く恐れがある」として、中国当局の「天眼」建設に異議を唱えていた。博士は「宇宙人が、人類がまだ発展段階にあるこの地球に来ることは、コロンブスが新大陸を発見したときと同じように、全人類にとって良いことではないかもしれない」と指摘した(「英ホーキング博士が中国に複数回警告「宇宙人と接触しないように」の記事)。

そうなると、人類が1960年~1970年代にパイオニア探査機やボイジャー探査機に搭載した銀のプレートは、エイリアンに殺してくれと宣伝している行為のように思えてきます。。。

パイオニア探査機のプレート

1980年代は、カール・セーガン博士の名著『コスモス』や、スティーブン・スピルバーグ監督の『E.T.』に代表されるように、宇宙に知的生命体は必ずいるので探して仲良くなろう、という風潮が強まった時代でした。


ドレイクの方程式を根拠に、地球外文明を探索するSETI計画(現在も継続されている)を推進したのもカール・セーガン博士でした。

ドレイクの方程式

異星人との交流をドラマチックに描いたジョディ・フォスター主演の傑作『コンタクト』も、原作はカール・セーガン博士です。

異星人に対して牧歌的なイメージを抱いていた時期から数十年が過ぎました。。。

地球から数光年という比較的近い距離に、有機体が存在可能な惑星が次々と発見され、宇宙に人類以外の知的生命体がいる可能性はさらに濃厚になってきました。

そんななか、テスラCEOのイーロン・マスクや、上記のスティーブ・ホーキングといった著名人たちが、無暗に異星人を探索する行為に対して真剣に警鐘を鳴らし、異星人の襲来による地球の滅亡は、AIの反乱や不老不死などと同様、人類の未来においてかなりの確率で起こりうる危機の一つと警鐘を鳴らしています。

彼らは、「異星人と友情が成立するという思い込みは、地球外生命体への誤ったアプローチだ」と警告。宇宙へ挨拶状を送れば、アステカ民族を征服したコルテスのようなならず者が地球にやってくることも充分にありうる。沈黙こそが最も賢明な選択肢なのだと(「地球を滅亡させないために「エイリアン」とどうつき合う?」より引用)。

フェルミのパラドックスは、最近では学会で真面目に激論が交わされるようになっているようです。

スティーブン・スピルバーグ監督の『E.T.』が1982年に封切されたと同時期に、ジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』も公開されました。

ティーブン・スピルバーグ監督の『E.T.』

『E.T.』が世界中で大ヒットしたのに対して、異星人を悪魔のように描いた『遊星からの物体X』は興行的に大失敗となりました。

ジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』

白状すると、個人的には『E.T.』にはさっぱり共感も感動もできなかった一方、『遊星からの物体X』にはとてつもない衝撃を受けました。

どんな生物にも変態できる異星の怪物が、南極のアメリカ基地にまぎれ込んで次々と人間を襲い同化して、文明社会にアクセスしようとする。。。想像するだけで身の毛がよだつ。

今でも『遊星からの物体X』は、1000本を超える生涯ベスト映画のベストオブベスト作品です。


公開から30年以上が経った今、興行記録より人々の記憶に残る作品となったのは、『E.T.』ではなく『遊星からの物体X』のほうでした(主観による)。

以下は、特殊メイクアップアーティストのロブ・ボッティンによる空前絶後の特殊メイクシーン(閲覧超注意)、悪趣味と言われようが、これを超える衝撃は未だかつてない 笑

『遊星からの物体X』より(閲覧超注意)

映画『エイリアン』や『スタートレック』のモデルにもなったヴァン・ヴォークトの古典SF小説『宇宙船ビーグル号の冒険』(1950年)は、フェルミのパラドックス以前に将来のコンタクトを見事に予見していた傑作です。


『三体Ⅱ』に話を戻します。。。

物語の終盤で、三体からの殲滅から奇跡的に逃げ延びた人類のほんの数隻の艦隊が、限られた資源を巡っての生存競争から、お互いを奇襲攻撃し合うという衝撃的な展開となります。

「新人類?いいえ、中佐。人間は・・・・非人類になる」

地球という母国を失った(と考えた)艦隊の乗組員は、新しい憲法のもとに精神的に変容する。。。もはや愛も失って生存のために同胞を殺戮する。。。何とも凄まじい。

この宇宙で愛を持つ唯一の種族である人類がこうもあっさり変容するのであれば、宇宙全体の知的生命体においては、猜疑連鎖が当たり前、他の知的生命体を手当たり次第に殲滅させるのが当然なのかもしれません。

そこには悪や善といった概念は存在しない。

フェルミのパラドックスは、やはり猜疑連鎖が招いた自然の結果なのでしょうか。。。



個人的には、フェルミのパラドックスは、猜疑連鎖というよりも、前述『宇宙のランドスケープ』にある、人間原理によるマルチバース説が有力ではと考えています。

人間原理によるマルチバース説とは、138億年前のビックバンで出現した現在の宇宙には、知的生命体は人類のみであり、パラレルワールドには無限の知的生命体が存在しているが、距離があまりに離れているためお互いにコンタクトすることは不可能という仮説です。

いずれにせよ、地球外の知的生命体をいくら探しても、見つかることはないというのは共通ですが。。。

4. おわりに

以上、三体の膨大な内容のごく一部の紹介でしたが、他にもロケットを極力軽量化するために、人間の脳のみを冷凍保存してロケットに搭載するというくだりは、知的生命体に蘇生させられて、死にたくても死ねない永遠の苦痛が待っているかもしれないという、映画『ゴーストストーリーズ 英国幽霊奇談』に出てくる「閉じ込め症候群」の恐怖を連想させます。

『三体Ⅱ』の訳者あとがきには

「『暗黒林』を遥かに超えるものすごいスケールで展開する完結編『三体 III 死神延生』。。。(中略)。。。小説はありえない加速度で飛翔する。実を言うと、三部作のなかで個人的に一番好きなのがこの『三体 III 死神延生』。21世紀最高のワイドスクリーン・バロック(波瀾万丈の壮大な本格SFを指す)ではないかと勝手に思っている」

とあります。これはさっそく読むしかない!


三体三部作ほどディープに浸かりたくなく人には、『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由』という本をおススメします。


(2022年9月24日 追記)
超話題SF小説『三体』、まだ読んでない人におもしろがりかた教えます!


そして。。。ついに『三体』Netflix実写版の初映像が公開されました!
シーズン1は撮影完了済みとのことで今から楽しみです。


(2022年12月4日 追記)

完結編『三体 Ⅲ 死神永生』上下巻(2021年)を読了しました。


とてつもないスケール感に圧倒され、言葉がありません。。。

『三体』『三体Ⅱ』の書評では

「学生時代はSF小説に没頭してかなりの冊数を読みましたが、この『三体』『三体Ⅱ』(とくに『三体Ⅱ』)は、ベストオブベストと言えるほどの傑作だと思います」

と書きましたが、ひょっとしたら『三体』『三体Ⅱ』を超えて、『三体 Ⅲ』がシリーズ最高傑作かもしれません。

それほどの衝撃がありました。

(以下ネタバレ注意)

印象に残った場面は盛り沢山なのですが。。。

個人的に最も衝撃的だったのは、3次元世界を2次元世界に崩潰させる小さな紙切れ(双対箔)を太陽系に投げ入れた歌い手が、浄める(人類を殲滅させる)という仕事が、地位が低い行為であることでした。

これって、地球の労働者が地球上の害虫に対して、殺虫剤を散布したり、昆虫や動物を大量殺戮する姿にソックリなのでは?

そして、歌い手のくだりを読むと、人類にも浄めから防御するチャンスが実はあったという事実が炙り出されるところに、宇宙レベルの運命と哀しみを感じずにはいられません。

(以上ネタバレおわり)

『三体 Ⅲ』は、再びヒューゴー賞にノミネートされた(受賞は逃した)だけのことはあります。

巻末の解説にあるように、『三体 Ⅲ』は、(一般読者向けに広く受け入れられた内容の『三体』『三体Ⅱ』と比較すると)、ハードコアのSFファン向けに"純粋な"SF小説として書かれたものです。

にも関わらず、シリーズ全体の人気につながったのは、この『三体 Ⅲ』だったということなので、如何に『三体 Ⅲ』が傑作だという証明にもなっています。

内容は、マルチバース、多次元宇宙、超ひも理論など、現代物理学の研究テーマが惜しみなく投入されています。

一方、凡庸な人類愛とか、誰にでもわかりやすい起承転結といった世俗的な内容とは無縁の筋書きとなっています。

『三体 Ⅲ』のテーマと関連の深い以下のような現代物理学の書籍で予備知識を得ておくと、一層楽しめるのではないかと思います。

(2022年12月14日 追記)

(2023年1月4日 追記)
ブルーバックスの「三体問題」を年末年始にかけて読了しました。


5次方程式以上は解けないということ、特殊解のラグランジュ点には実際に観測衛星があること、デカルト座標系から極座標系(距離と角運動量)への変換と、微分方程式を求積法で解くなど、目から鱗のトピックがわかりやすく紹介されています。


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