映画『グッバイ・クリストファー・ロビン』: クマのプーさんの知られざる真実


映画『グッバイ・クリストファー・ロビン』(2017年)を観ました。


クリストファー・ロビンは、童話『クマのプーさん』の物語に登場する少年で、原作者A・A・ミルンの息子の実名でもあります。

本作は、その『クマのプーさん」の誕生秘話を描いた伝記ドラマで、A・A・ミルンと息子のクリストファー・ロビンの親子の絆と葛藤を描いています。

親子向けのファミリー映画というよりは、大ベストセラーを生み出した作家が抱えた葛藤をシリアスに描いた(実話に基づく)ドラマでした。

『クマのプーさん』は、幼少時代に『クマのプーさん プー横丁にたった家』にすっかり夢中になって以来、今でも自分の童心のルーツのような存在です。


しかし、ディズニーのキャラクターとしての現代版プーさん(およびその仲間たち)は、原作のイメージから乖離しており、個人的にはどうもしっくりいきません。。。


本作は、1926年に発表されたオリジナルの『クマのプーさん』の誕生を、当時の歴史背景や実際の経緯にできる限り忠実に再現した映画としてとても興味深く観ることができました。

以下、『グッバイ・クリストファー・ロビン』のレビューを書き記します [注意:ネタバレ満載の内容です]

1. 映画『グッバイ・クリストファー・ロビン』

あらすじWikiより引用)

1941年、ミルン夫妻の元に悲痛な内容の電報が届いた。その詳細が明かされる前に、物語は過去へと遡る。


1916年、徴兵されたミルンはソンムの戦いに従軍していた。ソンムでは両軍合わせて100万人以上が戦死したが、ミルンは何とか生きて帰還することができた。帰国したミルンは妻のダフネと生活を立て直そうとしたが、空爆の音が聞こえるたびに、戦場での経験がフラッシュバックしてミルンを苦しめるのだった。そんな中、ダフネが妊娠したことが判明する。ダフネは女の子を望んでいたが、生まれてきたのは男の子であった。2人は息子にクリストファー・ロビンと名付け、子守としてオリーヴを雇った。クリストファーはオリーヴのことをヌーと呼んで懐くのだった。


ミルンは文筆業に復帰しようとしていたが、反戦を訴える論考を思うように書き進めることができずに苦悩していた。気分転換もかねて、ミルンは田舎町に引っ越すことにしたが、それに不満を抱いたダフネはロンドンの実家に帰ってしまった。ヌーが子守以外の仕事をしている間、ミルンがクリストファーの面倒を見ることになった。ミルンはそれを億劫に思っていたが、息子と森で散歩しているうちに、児童向け小説のアイデアを思いつくという僥倖を得た。



ミルンはイラストレーターの知人アーネストと一緒に小説の執筆に取りかかった。そうして完成したのが『クマのプーさん』である。その後、ミルンはダフネと仲直りすることができた。『クマのプーさん』はミルンが想定していた以上の人気を博し、ミルン家の家計は一気に潤った。しかし、この成功が原因で親子関係が悪化することになった。自分が小説の中に登場していると知ったクリストファーが不快感を募らせていたのである。恋人ができたヌーは子守役を辞すことになったが、その際、ミルンとダフネに「クリストファーのことを考えてあげていますか」と苦言を呈した。反省したミルンはプーさんシリーズの打ち切りを決めたが、時すでに遅かった。


寄宿学校に入学したクリストファーはいじめの対象となり、『クマのプーさん』の存在をますます疎ましく思うようになる。第二次世界大戦が始まり、クリストファーは徴兵検査に落ちるが、どうしても従軍したい彼は自分のおかげで人気作家になれたのだから願いを叶えてくれと父親に頼む。従軍を前にクリストファーはこれまで抱えていた不満を父親に激しくぶつける。



1941年、ミルン夫妻の元にクリストファーが戦場で行方不明で死亡と推測されるとの電報が届き、ミルン夫妻は絶望のどん底に突き落とされる。ところが、しばらくしてクリストファーが無傷でミルン家に戻ってくる。戦場で『クマのプーさん』が世界中の人々にいかに愛されているかを知ったクリストファーは父親と和解する。


その後、クリストファーは結婚し、小さな書店を営むようになるが、『クマのプーさん』の莫大な印税は一切受け取らなかった。。。


予告編

監督:サイモン・カーティス
出演:ドーナル・グリーソン、マーゴット・ロビー、ケリー・マクドナルド、ウィル・ティルストン、アレックス・ロウザー

2.  映画の見どころ

本作のジャンルは、人間ドラマだと思いますが、ハッピーエンドでもなければ、悲劇でもありません。

登場人物には、絵に描いたような善人もいなければ、憎まれ役も出てきません。

もちろん、安易で過剰な演出もなく、物語は登場人物たちの年齢(と時代の変化)とともに淡々と進みます。

それでも、A・A・ミルンと、妻のダフネ、クリストファー・ロビンと子守りのヌーとの間の交流や、人間描写はきめ細かく丁寧に描かれています。


そして、クマのプーさんが誕生した舞台となったロンドン郊外のハートフィールドの自然に囲まれた息を呑む美しさ。。。これはまさに映像ならではですね。


A・A・ミルンが、元々は児童作家ではなく、劇作家であり推理作家であったことは、映画で初めて知りました。

『クマのプーさん』が全世界的にあまりに成功し過ぎてしまったために、作家としてのアイデンティティーが失われてしまい、さらに、修復不能な親子の葛藤を生みだしてしまったという何とも不本意な。。。

まあ、その不本意こそが、本作が問うテーマですね。


社会的に成功を収めた一方で、子供との絆が犠牲になったという話は良く聞く話です。

特に、子供の幼少期と言うのは、長いようであっという間に過ぎてゆくもの。

社会的成功を収めた公人になってしまうと、本人が意図とは裏腹にいろいろな責任が発生して、そう簡単に逃れることはできません。

クリストファー・ロビンは、まさにそうした社会の仕組みの犠牲者であって、A・A・ミルンは、父親として息子を社会から守ることができなかった。

残念ながら、A・A・ミルンの場合は、晩年になってもクリストファー・ロビンとの関係修復には至らなかったようです。

社会的な成功、親子の絆、夫婦の関係。。。極めてデリケートなバランスの上に成り立っており、些細なことで崩壊してしまう。

戦争体験でPTSDを患っていた父親は、反戦をテーマにした小説を執筆していたのですが、なかなか進みません。

そこに、クリストファー・ロビンから、「ボクのために本を書いて」と頼まれて、クマのプーさんを書くことを決めました。


そこから親子の交流が始まるのです。

棒投げ

木の棒で遊ぶシーン


このシーンは、かつて私自身も、当時小学生だった次女と一緒にライトセーバー教室に通った日々を思い出してしまいました 笑

ライトセーバー殺陣教室

ほんの僅かな期間であっても、クリストファー・ロビンの少年時代に、親子水入らずで一緒に過ごした日常の瞬間が、一生の財産になるのでしょう。

青年に成長したクリストファー・ロビンは、『クマのプーさん』で有名になってしまったことが仇となり、学校でイジメに遭い、父親を憎むようになります。

そのクリストファー・ロビンが、戦争から戻ってきたときに、父親とハートフィールドの丘を訪ねるシーン。


以前のように激しく父を恨むことはないものの、2人の間に生まれた大きな溝は埋まることはありませんでした。


息子に頼まれて書いた童話が、社会的な大成功となって、息子との絆を失ってしまうという皮肉。。。

人生はなかなか思い通りにはいかないものです。

『グッバイ・クリストファー・ロビン』は、同じく親子の葛藤を描いた名作『黄昏』(1981)を彷彿とさせます。


『黄昏』も、ヘンリー・フォンダとジェーン・フォンダという2代親子スターの実生活の確執に基づいたヒューマンドラマでした。

ちなみにこの『黄昏』は、アカデミー賞の主要5部門(作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚本/脚色賞)のすべてにノミネートされました(受賞は、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞、ジェーン・フォンダも助演女優賞受賞でノミネート)。

デイブ・グルーシンの音楽も実に素晴らしく、いつまでも記憶に残る名作の1本です。

話を『グッバイ・クリストファー・ロビン』に戻すと。。。

なんと。。。『グッバイ・クリストファー・ロビン』は、国内で劇場公開されなかったんですよね。

こんな名作がなぜ。。。理解に苦しみます。

本作品は、ディズニーやクマのプーさんに全く興味のない人にこそぜひ観て欲しい、イチオシの作品です。

3. クマのプーさんと魔法の森へ

『クマのプーさんと魔法の森へ』(1993年発行)は、物語の舞台イギリス・サセックス州の美しい森の風景写真と豊富なカラーイラストにより、プーさんの魅力を紹介した大型本です。


映画の舞台でもあるハートフィールドが詳細に紹介されています。


棒投げの橋


『クマのプーさん プー横丁にたった家』の登場キャラクターは、ディズニーのネーミングとは異なるオリジナルの名前で紹介されています。




ピグレットじゃなくて、コプタ
ティガーじゃなくて、トラー
オウルじゃなくて、フクロ

すべて、当時の石井桃子さんの素晴らしい翻訳に基づいています。

そして、挿絵はすべてオリジナルと同じアーネスト・ハワード・シェパードのものです。

ディズニーで大幅にデフォルメされてしまったプーさんも悪くはないのですが。。。個人的にはクマのプーさんはこの姿でないとですね。


4. 関連文書

小学生のときに買ってもらった『クマのプーさん プー横丁にたった家』と、中学のときに自分で買った『クマのプーさん プー横丁にたった家』(栄光社、1971年発行)の詳注つき英文版は、今でも大事に保存しています。



『クマのプーさんと魔法の森』は、クリストファー・ロビン・ミルンの幼少期の自伝です。父親との確執や、田園生活の様子などが記されていて興味深く読みました。


クリストファー・ロビン・ミルンは、父の遺した莫大な遺産相続を拒否して、書店を経営する人生を選びました。

以下はWikiからの引用です。

1948年、クリストファーは両親の反対を押し切って、ミルン夫妻と絶縁状態にあった親戚の娘と結婚する。そしてコッチド・ファームから200マイル離れたデヴォン州ダーツマスで書店の経営をはじめることによって自立を勝ち取ったが、そのためにミルンとクリストファーとはミルンの死まで絶縁状態が続いた。

クリストファーが父との精神的な和解を果たしたのは、1974年に出版された『魔法にかけられた場所』にはじまる一連の自伝執筆を通してであった。後年のクリストファーは、父の記念碑の除幕式など、「プー」関連のさまざまな企画に参加している。彼はデヴォンで妻子と暮らしながら執筆活動を続け、1996年に75歳でその生涯の幕を閉じた。

(引用おわり)

『グッバイ・クリストファー・ロビン』(アン・スウェイト)、この映画の原作本です。


これから読もうと思います。

余談ですが。。。幼少時代のクマのプーさんの思い出は、バッハの2声のインベンションの第1曲と併せて記憶にロックインされています。

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