【究極のクラシックアルバム名盤ベスト10】

前回の【究極の洋楽ロックアルバム名盤ベスト10】(プログレ除く)に続き、クラシックアルバムの生涯ベスト10を選んでみました。

「人は33歳までに音楽的嗜好が固まり、新しい音楽への出会いを止める傾向がある」というのは音楽のジャンルに関わらず一貫した傾向であるならば、私はもう生涯ベストとなるクラシック音楽に出会うことはないのかもしれません。

洋楽ロックではプログレッシブ・ロックを除外しました。クラシックでは同様に私が最も愛聴するJ.S.バッハを除外しようかともはじめは考えましたが、結局バッハも含めて独断と偏見で選出したのが以下の10枚です(カッコ内は収録年)。


No.1  J.S.バッハ作曲 マタイ受難曲 /カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団 (1958)





言わずと知れたリヒターの大金字塔、クラシック音楽というジャンルだけでなく、古今東西のすべての音楽の頂点に立つ?最高傑作。以前のこちらのサイトでも詳しく紹介しました。
マタイによる福音書の物語に沿って、キリストの受難の物語が繰り広げられます。緊張感のなかにも優しさに溢れたアリアが散りばめられており、ディートリヒ・フィッシャー・ディースカウの歌う第68曲「わが心よ、おのれを浄めよ」のアリアは、私がこの世で最も気に入っている音楽です。
中学時代に大枚をはたいて買った10,000円のレコードがこの曲との出会いでした。以来、40年間に渡り聴き続けていますが、このリヒター盤だけでなく、様々な指揮者の演奏を聴くたびに新しい発見があります。


No.2  J.S.バッハ作曲 音楽の捧げもの/フーガの技法 /タチアナ・ニコラーエワ(ピアノ) (1992)





バッハの器楽曲のなかでベストを選ぶのは至難の業でした。グールドの新旧ゴルドベルグ変奏曲を差し置いて、このアルバムを選んだのは、おそらく私が以前バッハコンクールで、「音楽の捧げもの」の「6声のリチェルカーレ」に挑戦したからでしょう。若いときは全く理解できなかったこのバッハの最晩年の作品が、年を取って初めてヘビーローテーションになるとは不思議なものです。
「フーガの技法」の「コントラプンクトゥス11」も、バッハの芸術が極限まで高められた作品です。こちらも年を取ってから愛聴しています。ニコラーエワの演奏は、何の飾り気もないシンプルなもの。だからこそ、見事に作品の本質を抉り出していると思います。


No.3  ブラームス作曲 ピアノ協奏曲第1番 /エミール・ギレリス(ピアノ)オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (1972)




ギレリスは鋼鉄のタッチと呼ばれた演奏が有名ですが、このピアノ協奏曲はほとんど交響曲のような性質を持っているので見事にマッチしています。しかし、私が一番好きなのは抒情的な第二楽章です。緊張感で張り詰めた第一楽章と対照的に、この第二楽章を聴くと、北海道の広大な自然のような平和な世界がいつも頭に思い浮かんできます。
ちなみに同じブラームスのピアノ協奏曲でも、第二番はあまり好きではありません。


No.4  ブルックナー作曲 交響曲第5番 /サー・ゲオルク・ショルティ指揮シカゴ交響楽団 (1980)




この交響曲は、対位法的手法に基づいて作曲された壮大な作品であり、最終章では主題が変奏されてコーダとなって圧倒的な迫力でオーケストラが曲を奏でます。この交響曲はあまりに深淵で、数学的な構成を持った巨大な構築物を観ているような錯覚に陥ります。
ショルティ指揮のシカゴ響の絶頂期の録音だけあって、金管楽器は怖ろしいほどの精密さで炸裂する演奏を繰り広げます(当時の録音は、後処理でミスを修正するような現在のアホくさい処理をしていないことを勘案すると驚異的な演奏技術です)。
この曲を最初に聴いたのは18歳のときでした。1時間を優に超えるこの交響曲を毎日のように聴いていた相当な変わり者だったと思います。

No.5  ベートーヴェン作曲 交響曲第7番 /レオナルド・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 (1980)




確かレコードアカデミー大賞も受賞しベストセラーとなったバーンスタインのベートーヴェン交響曲全集からの1枚です。交響曲第7番の、特にノリノリの第4楽章は、クラシックのロックンロールだと思っています。こちらも私は中学生のときに聴いて気に入っていましたが、友達のオヤジさんに、「こんな勇ましい演奏が好きだとは若いね~」と皮肉られたのを覚えています。
当時は名盤と言われたクライバーの7番は、肝心なところでピッコロが「ピロピロ~」と鳴るだけの変な演奏で、あれのどこが良いのかさっぱりでした。対照的に、この演奏は、金管楽器が「バーン!」という感じでこれでもかという威勢良く鳴り響くのでスッキリする演奏です(録音も非常に良いです)。


No.6  フォーレ作曲 レクイエム /ミシェル・コルボ指揮ローザンヌ管弦楽団 (1972)





私の葬式の場では、このフォーレのレクイエムを流してほしいと思います(同じように願っている人は少なくないと思います)。このアルバムの特徴は、合唱とソロにボーイソプラノを適用していることです。演奏はまさに天国のような清浄さに溢れたもので、この世のものとは思えない美しさに溢れています。


No.7  モーツァルト作曲 歌劇《魔笛》 /サー・ゲオルク・ショルティ指揮シカゴ交響楽団 (1969)





モーツァルトの作品から1つだけを選ぶというのは無理があります。レクイエムが最有力でしたが、結局、この作曲家の天才性が最も発揮され、かつ学術的ではない純粋な娯楽音楽として楽しめるものはこの魔笛ではないかと思います。すべての曲がメロディライン、展開など奇跡としか言いようがありません。
ここでも再びショルティ盤を選びましたが、夜の女王のアリアを歌うクリスティーナ・ドイテコムの絶頂期の録音で、そのコロラトゥーラのテクニックは、神憑っているとしか言いようがありません。まさに空前絶後の魔笛です。

No.8  ショパン作曲 12の練習曲作品10/作品25 /ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)(1972)




おそらくほとんどのクラシックファンは、この曲の代表アルバムはポリーニ(もしくはアリゲリッチ)を選び、アシュケナージを挙げる人は少ないと思います。演奏はごく普通、録音は凡庸で、センセーショナルさからは程遠いですが、逆にその分、ショパンのピアノ曲の素材の素晴らしさを十二分に引き出しています。テクニックは全く申し分なく、優雅さを備えた上品な表現で、私のなかではデフォルトとなっている演奏です。
ピアノを習っている(もしくは習おうとしている)すべての人に是非聴いてほしい一枚です。


No.9  ストラヴィンスキー作曲 春の祭典 /コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 (1978)




現代曲の「春の祭典」のおどろおどろしさは、典型的なクラシック音楽のイメージからは程遠く、春の祭典を愛聴しているのはおそらく余程の変わり者か、オーディオマニアくらいなものではないでしょうか。それでも「春の祭典」はクラシックファンに人気がある作品です。
私は春の祭典のCDをおそらく50枚くらい所有しています。そのなかでのベスト盤がこのコリン・デイヴィス盤です(それ以外には、ショルティ盤、ブーレーズ盤、アバド盤など)。
演奏は、洗練と野蛮が見事に融合したもので、ペースは極めて速く、まるでハードロックを聴いているかのようなノリの良さです。これだけ早いと普通はオーケストレーションが崩壊するのですが、緻密なアンサンブルは見事に保たれています。前半部の最後の部分でホルンが鳴り響き続けるところは、聴きどころです。

No.10  J.S.バッハ作曲 ヨハネ受難曲 /カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団 (1964)




マタイ受難曲を生涯ベストに挙げておきながら、ヨハネ受難曲は長年興味を持てませんでした(ロ短調ミサ曲も同様)。実は、このリヒター盤を聴いたのはほんの数年前のことで、それまで聴いていたコルボのヨハネ受難曲とのあまりのエネルギーの違いに圧倒されてしまいました。単にコルボ盤との相性が悪かったのだと思いますが、このリヒター盤は、マタイ受難曲に負けず劣らず、とんでもない超名盤です。
ペテロが保身のためイエスのことを3度否認したあと懺悔の念に駆られるというシーンで流れる第13曲のアリア「ああ、わが念いよ」が最も心に訴えます。


【番外】  キース・エマーソン作曲 ピアノ協奏曲第1番 /キース・エマーソン(ピアノ)ロンドン交響楽団 (1976)





クラシックのベストにプログレッシブ・ロックバンドのEL&Pの作品を引き合いに出すのは反則かもしれませんが、このピアノ協奏曲は正統派のクラシック音楽です。しかもこの曲は正統派クラシックにロックの荒っぽさを融合させたなかなかの傑作です。
数多くの偉大な作曲家と比較するのはちょっと分が悪いのですが、よくぞやったと思えるほどの力作であることは間違いありません。特にピアノが打楽器のように打ち鳴らされる第3楽章がカッコイイ!。
私はいつか生きている間にこのピアノ協奏曲第1番をフルオーケストラをバックに独奏したいと本気で考えています(既に楽譜は入手済み)。私の人生の夢です。

以上が私の選んだ【究極のクラシックアルバム名盤ベスト10】でした。

洋楽ロックベスト10と明らかに違うのは、クラシックの場合、年齢を重ねても人生の財産とも思える究極の名盤に出会うことが珍しくないということでした。逆に、若いときに影響を受けたアルバムでも、年を取るとそれほど重要と思えなくなってくるものも少なからずありました(J.S.バッハの作品でベスト10から漏れたブランデンブルグ協奏曲や無伴奏チェロ組曲など)。

フーガの技法/音楽の捧げものとヨハネ受難曲は、どちらも40代後半になってから作品の良さに気付いたものでした。

ただし、演奏者については、やはり30代までに出会ったものに限定される傾向がありました。私の場合は、リヒターであり、ショルティであるわけで、決してクイケンやゲルギエフがそれに取って代わることはありません。同じ理由で、如何にフルトヴェングラーやトスカニーニが凄くても、その演奏に感銘を受けて自分の生涯ベスト盤になることはありません。

ロックとクラシックは、年齢と音楽的嗜好に関する影響度が異なるのではないでしょうか。そう考えると、クラシックは年老いてもまだまだ頑張って「理想の1枚」を追い求めて聴き続ける価値があると言えそうです。

次は、ジャズの名盤ベスト10を選んでみたいと思います。

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・究極のロックアルバム名盤ベスト10はこちら



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(おわり)


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