映画『悪の法則』 : 麻薬取引にうっかり手を染めたエリート弁護士の破滅を描く問題作


映画『悪の法則』(2013年)を観ました。


原題は "The Counselor"(弁護士)、邦題『悪の法則』のネーミングがダサい。。。

麻薬取引にうっかり手を出してしまった弁護士が、周囲を巻き込んで破滅に向かうというクライムストーリーです。

監督は『エイリアン』『ブレード・ランナー』のリドリー・スコット、脚本は「ノー・カントリー」のコーマック・マッカーシー

主演は、『ブレード・ランナー』にも出ていたマイケル・ファスベンダー。

キャメロン・ディアス、ペネロペ・クルス、ブラッド・ピット、ハビエル・バルデムといった超豪華俳優が出演しています。


本作は、ストーリーが難解と興行的には不評で、リドリー・スコット監督の失敗作と言われていますが、一部の批評家からは絶賛された賛否両論の問題作。

個人的には、派手なアクションや陳腐なストーリーの大衆向けのハリウッド映画が氾濫するなか、とても面白く観ることができました。


以下、『悪の法則』のレビューを書き記します [注意:ネタバレ満載の内容です]

1. 映画『悪の法則』

あらすじWikiより引用)

有能な弁護士である”カウンセラー”と呼ばれる男と彼の恋人のローラがベッドでいちゃついている。


そのころ自動車工場では、ドラム缶に入れたコカインをバキュームカーに隠す作業が行われた後、バキュームカーはデザート・スター下水処理会社に向けて出発した。

カウンセラーは、仕事と偽ってアムステルダムに行くが、実際の目的はローラのために宝石商から婚約指輪を購入するためだった。アメリカに戻ったカウンセラーは、友人の実業家ライナーと彼の愛人マルキナが所有するペントハウスのパーティに参加し、ライナーから「ボリート」という、首を締め付け切断する殺人装置について聞く。そして、以前ライナーから勧められていた麻薬ビジネスを一回限りでやることにしたカウンセラーは、ライナーの経営するレストランでローラにプロポーズし、彼女はそれを受け入れた。

マイケル・ファスベンダー

後日カウンセラーは、ライナーから紹介された麻薬の仲買人ウェストリーに会い、取引の利益率が4,000%であることなどを聞く。


そしてウェストリーは、取引に関わるメキシコの麻薬カルテルが、特に弁護士に対して容赦ないとカウンセラーに警告する。

カウンセラーは、裁判所の任命で、公選弁護人として弁護を担当している、殺人罪により収監中のルースに面会する。そこでルースから、スピード違反で拘留されたバイカーである息子の保釈を頼まれる。

保釈を約束したカウンセラーは、開店準備中のナイトクラブを訪れ、ライナーからマルキナがフェラーリとセックスした話を聞く。

ペネロペ・クルス

その後、カウンセラーによって保釈されたバイカーだったが、取引するブツを取りにいくためバイクで走行中に、ワイヤーマンが道に張ったワイヤーで首を刎ねられて殺され、ブツを隠したバキュームカーを奪われてしまう。

ウェストリーからホテルのカフェに呼び出されたカウンセラーは、保釈させたバイカーが、グリーン・ホーネットと呼ばれる組織の運び屋だったことや、彼とつながりがあったことで組織はカウンセラーがブツを盗んだと思い、カウンセラーたちを狙っていることを知らされる。

ハビエル・バルデム

ウェストリーは、スナッフフィルムの事を話し、隠れることを勧めるが。。。

(Wikiの引用おわり)

映画『悪の法則』予告編

スタッフ・キャスト
監督:リドリー・スコット
出演:キャメロン・ディアス、ペネロペ・クルス、ブラッド・ピット、ハビエル・バルデム、マイケル・ファスベンダー

豪華キャスト陣は、ハビエル・バルデムとペネロペ・クルスは実生活では夫婦だし、脚本のコーマック・マッカーシーとハビエル・バルデムは、「ノー・カントリー」で一緒に仕事をしているなど接点も多いですね。

しかし、ハビエル・バルデムってホントにアクの強いキャラクターですね。。。『ノーカントリー』の狂気の殺し屋とは真反対のチャラい男を本作では好演。

『ノーカントリー』のハビエル・バルデム

2.  映画の見どころ

麻薬取引に絡む残酷な殺人シーンが随所に出てくる(ほとんどはグロい)ので、誰にでもおススメできる作品ではありません。

首輪のようなポリートという殺人器具、一度つけられてしまうと、自動的にモーターがワイヤーを締め上げて首を絞め、頸動脈を切断し、最後には首を切断するという怖ろしいもの。

ブラッド・ピットがこのポリートをかけられてしまい、白昼の街中で斬殺されるシーンは衝撃的(実際に首がゴロンと転がるシーンはエクステンデッドエディションのみ収録)。


通りにワイヤーを張って、高速で走ってくるバイクのライダーの頭部を切断するというエグいシーンも。。。

映画の最期には、ペネロペ・クルス(誘拐されてスナッフ・フィルムに出されて殺される)の頭部のない死体がゴミ処理場で捨てられるというショッキングなシーンなどなど。。。


コレ全部、キャメロン・ディアス演じるマキルナという悪女の仕業ですが 笑

『メリーに首ったけ』の愛らしいキャメロン・ディアスよりも、『フィーリング・ミネソタ』や『バニラ・スカイ』の役柄と同じく、悪女としてのキャメロン・ディアスのほうが凄みがあっていい。

そういえば『バニラ・スカイ』では、ペネロペ・クルスが恋仇だったので、この作品では仇討ちしていることに 笑

フェラーリに乗って開脚する問題のシーン。


こんなシーンを日本の人気女優がやったら前代未聞だろうな。。。シャロン・ストーンの股開きと並ぶ映画史に残るシーンになるのでは?

スナッフ・フィルム(実際の殺人を記録したビデオ)は、ニコラス・ケイジの『8mm』という映画が印象に残っています。


アメリカってつくづく怖ろしい社会だ。。。

しかしこの作品は、起承転結がハッキリしている大衆向け映画と違い、とても奥が深い。

かつてニーチェが唱えた、善と悪、獲物対ハンター、道徳批判などといった哲学的なテーマも随所に盛り込まれています。

ニーチェの善悪テーマは、『善と悪の経済学』の投稿でも少し触れました。

[悪徳は社会の繁栄の源である] ベストセラー経済書『善と悪の経済学』(トーマス・セドラチェク)より

映画では、誰がどのような目的で動いているのか、わかりにくい部分もあります。

が、映画鑑賞の本来の目的が、単にあらすじの面白さを追求することではなく、映像で表現されたメッセージを、個人の感性で思い思いに受け止めることだとすれば、本作品は突出した傑作だと思います。

バイカーを殺害するのに、わざわざ通りにワイヤーを張って、頭部を切断する手間をかけるのがおかしいという批評もありますが、それこそ、単なる"あらすじ"や”理屈”を追うだけの表面的な映画鑑賞ではないでしょうか。。。

バイカーの頭部切断、ポリートという殺人器具、スナッフ・フィルムで殺害されたペネロペの頭部なし死骸の遺棄。。。これらの要素が映像で繋がることで、欲にまみれた人間の残虐性が見事に描かれているのです。

麻薬取引に絡む犯罪組織の描写はほとんど出てこない代わりに、取引に関連する裏社会の末端で働く貧民層の描写が多い。。。

バキュームを運転するドライバー、清掃する作業員、銃撃戦の傷を(違法に)手当する医者、DVDを届ける少年、などなど。

全てを失ってもまだ微かな期待を抱く主人公のカウンセラーに、メキシコの陰の有力者が電話で諭します。

「自分が置かれた状況の事実を見るべきだ。。。心からの忠告だ。。。どうすべきだったか 私からは言えない」

「犯した過ちを取り消そうとする世界は、過ちを犯した世界とはもはや違う」

「今 あなたは岐路にいて、道を選びたいと思う 。が、選択はできない。受け入れるだけ選択は ずっと前に行われたのだ」


麻薬取引に手を出したばかりに、人生の全てを失った主人公は、激しい後悔と絶望に打ちひしがれます。


エリート弁護士で、美人の婚約者もいて、人生順風満帆のはずだったのに。

これは、欲望の経済学で言うところの「もっと欲しがるという、決して満足しない人間の本性」 笑

この映画の最大の教訓ですね。。。

メキシコの陰の有力者との電話の会話は続きます。

アントニオ・マチャードという19世紀初頭のスペインの詩人の話。

彼は、若くて美しい妻と結婚したが、妻はやがて病気で死亡。

妻を深く愛していたマチャードは絶望のどん底に落とされたが、彼女の死をテーマに詩人として後世に残る名作を遺した。。。

弁護士にその例え話を話しますが、婚約者を深く愛し、自分の運命と引き換えにでも彼女を助けたいと願うは変えられず、彼女を救うことはもはやできないという現実を受け容れることができません。

「人間は死に直面して、初めて人生の意味を理解することになる」

リドリー・スコット監督の実の弟が、この映画を製作している前に自殺して亡くなっていることが影響しているのか、作品全体に死相が漂っていますね。。。

ちなみに映画の舞台は、アメリカとメキシコの国境地帯、テキサス州エル・パソと、メキシコのシウダー・フアレスです。

シウダー・フアレスは、かつて麻薬マフィアの紛争地域として犯罪発生率が高く、世界で最も危険な都市と言われた街です。

シウダー・フアレス、私はかつて現地を訪れたことがあります、それも2度も 笑

3.  シウダー・フアレス

アメリカの国境に接したメキシコのシウダー・フアレス(Ciudad Juárez)。


以下Wikiより引用

2005年には麻薬カルテルのシナロア・カルテルとフアレス・カルテルの間の抗争が勃発、2008年以降は急速に激化し、治安悪化のため駐留した連邦軍や連邦警察との間で内戦状況を呈していた。

2008年頃から麻薬密売組織(カルテル)の抗争激化、メキシコ政府の取り締まりも強化しているにも関わらず、市内では白昼に銃撃戦が発生するほど治安が急速に悪化し、「戦争地帯を除くと世界で最も危険な都市」と恐れられていた。

同市では、2008年を通じて1,600人が麻薬がらみの事件で死亡。抗争はそれでも収まらず2009年には、2,575件の殺人事件が発生した。

2016年時点では既に収束しているが安全になったわけではない。

(引用おわり)

(出典:Wiki)

いやはや。。。こんな危険地域によくも行ったもんだ、それも観光目的で 笑

まあ、私がシウダー・フアレスを訪れたのは、1988年と1991年。治安が悪化する以前のことではありますが。。。

1988年の訪問

人生初めての海外旅行で、エルパソに立ち寄ったついでに、レンタカーで国境を超えて観光しました。しかもたった一人で 笑

撮影したシウダー・フアレス市街地

コワいものなしというか、世間知らずというか。。。

現地で、日本人のフォトジャーナリストと知り合って一緒に行動しました。

運転中に、スペイン語の標識がわからずに交通規則違反で警察に呼び止められてしまいました、が、フォトジャーナリストが「日本語でまくしたてれば大丈夫」と教えてくれて、日本語で警官に話しまくったら、すんなりとお咎めなしで許してくれました。

現地のタコス料理はサイコーに美味しかったのと、街全体があまりにスラム化していて、タイヤの取れた車が平気で走っていたのが今でも強烈な記憶です。

1991年の訪問

メキシコシティーに住むメキシコ人の友人を訪ねるのに、格安チケットで旅行手配したら、出発の直前に、成田 - ロスアンジェルス  - メキシコシティーの経由便が、成田 - シアトル - ロスアンジェルス - (トランジット1日) - メキシコシティーというとんでもない経由に変えられてしまったのが発端。

ならばと、成田 - シアトル - ロスアンジェルス - エルパソ - (徒歩で越境)- シウダーファレス - メキシコシティーと、少しでも早く到着するルートを見つけてそれにチケットを変更。

エルパソ空港から、タクシーで国境まで行き、なんと徒歩でスーツケース引きながら国境の検問を通ってメキシコに越境、再びタクシーでシウダーファレス空港まで行きました。

国境の橋を徒歩で渡り、検問に着いたのは真夜中。。。周囲に人ひとりおらず、犯罪に巻き込まれなかったは運が良かったとしか言いようがない。

若いころは本当に怖いもの知らずだった 笑

話が映画から脱線しましたが。。。本作は同じコーマック・マッカーシー脚本の『ノー・カントリー』がお好みであれば、必見の作品です。

通常版のソフトよりも、リドリー・スコット監督の解説が入った21分拡大版本編ディスク2枚組(初回生産限定)をお勧めします。


 

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