[宇宙はひとつだけではない] 宇宙論の新書シリーズその1 - 『不自然な宇宙』(須藤靖)

宇宙論に関する新書シリーズその1 -  『不自然な宇宙』(須藤靖)


今日9月12日は"宇宙の日"です。

宇宙論に関する本を図書館からどっさりと借りてきました 笑


友人のおススメの著者の書籍を中心に、5冊の新書を一気呵成に読了しました(といっても斜め読みですが)。
  1. 『不自然な宇宙』(須藤靖, 2019年)
  2. 『宇宙の果てになにがあるのか』(戸谷友則、2018年)
  3. 『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』(青木薫 2013年)
  4. 『マルチバース宇宙論入門』(野村泰紀 2017年)
  5. 『宇宙は無限か有限か』(松原隆彦 2019年)
どの書籍も極めて面白く、私のような物理学の素人でも宇宙論の魅力を存分に堪能できる素晴らしい科学本ばかりです。

138億年前のビッグバンによる現在の宇宙の誕生、ダークマターやダークエネルギーの存在と膨張する宇宙、超ひも理論で予言される果てしない数の他の宇宙(マルチバース)の存在、そして人間原理など。。。宇宙論のトピックに興味は尽きません。

この5冊の新書の書評を1冊づつまとめて、それぞれの宇宙論の特徴を整理しようと思います。

本記事では『不自然な宇宙』(須藤靖, 2019年)を紹介します。

1. 『不自然な宇宙』(須藤靖, 2019年)



著者の須藤靖さんは、1958年生まれ、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授、専門は宇宙物理学、特に宇宙論と太陽系外惑星の理論的および観測的研究です。

以前、ブルーバックスの『宇宙は本当にひとつなのか』(村山斉 著、2011年7月発刊)を読みました。

本書『不自然な宇宙』も同じブルーバックスの新書です。

ブルーバックスは、私が小学生のときに宇宙に興味を抱いたきっかけとなったシリーズです。内容もよく理解できないまま夢中になって読みました。

今でも、以下の4冊は手元に残っています。


他にも『相対論的宇宙論』『重力の謎』『電波でみた宇宙』などを読んだ記憶がありますが、上の4冊を除いてすべて紛失してしまいました。

余談は置いておいて。。。

須藤靖さんの『不自然な宇宙』は、一般の読者でもわかりやすいようにスラスラと読み進めることができます。

昔のブルーバックスが、どれも簡単に読み進める代物ではないのと対照的です。

副題に「宇宙はひとつだけなのか?」とあるように、この「宇宙」の外に別の「宇宙」が存在する理由を、マルチバースの構造を中心にわかりやすく解説をしてくれます。

2. 宇宙の地平線

我々が住んでいる現在の宇宙はビッグバンによって始まったというのが一般常識だと思いますが、厳密には、宇宙が誕生した直後(10のマイナス35乗秒)、とてつもない短時間の間に、指数関数的に急激に膨張をしたことがわかっており、それをインフレーション・モデルと呼びます。

つまり、宇宙はいきなりビッグバンの大爆発で誕生したのではなく、インフレーションによって急激に膨張した空間が発生した後に、ビッグバンの大爆発が起きたというのが正しい順序です。


インフレーション・モデルは1981年に提唱された比較的新しい理論なので、私が小学生だった頃にはまだ解明されていませんでした。

宇宙が誕生したのが138億年前ということで、地球から138億光年離れた地点を宇宙の地平線と呼びます。

地球から観測可能な宇宙の果てとなりますが、この138億光年離れた地点からの光は、実は、宇宙が138億年前に誕生した時点での光とは違います。

これが非常にややこしいのですが。。。

なぜならば、宇宙は膨張し続けているので、138億年前に光が出発した場所までの距離は、138億光年よりずっと遠くになるとのこと。

では、138億年前に光が出発した場所までの距離は、一体どれほど遠いのか?

本書では、この点について具体的な数字を明記していません。

おそらく、一般書として読みやすさを優先したからだと思うのですが、私はここで頭のなかに大きなクエスチョンが残ってしまいました。

(『宇宙の果てになにがあるのか』(シリーズその2)では、約464億光年と具体的な数字が示されているので、詳しくはそちらで触れます)

3. マルチバース

本書は、138億光年先の直接観測できるユニバースを超えたマルチバースを4分類し、具体的な説明を加えている点が画期的だと思います。

宇宙にも階層構造があって然るべきという考え方は、目から鱗でした。

「私は、世界を安定にするためには、ある種の階層構造の存在が不可欠なのではないかと考えています」と、著者は記しています。

「我々が所属しているレベル1マルチバースと、それ以外のレベル1マルチバースとは物理法則が異なっているはずです」

レベル1マルチバース

人間原理に基づくと、レベル1マルチバースの集合体であるレベル2マルチバースの存在が示唆されます。

レベル2マルチバース

ここで人間原理とは、「大多数の自然な宇宙では人間は誕生することさえできない。極めてまれで不自然な宇宙においてこそ人間が存在できる」という、やや哲学的な考え方です。

また、人間原理とは関係なく、インフレーション・モデルにおいても同様に、レベル2マルチバースの存在が示唆されます。

なかなか複雑になってきました。。。

が、このようなマルチバースの存在というのは、宇宙に住む知的生命体が我々人間以外にも存在するかどうかを考える上で、想像力を掻き立てる理論です。

私は以前から、現在の我々が住む宇宙、つまり138億年前に誕生した宇宙のなかには、知的生命体は人類だけなのではないかと考えていました。

しかし、我々が住む宇宙とは別の宇宙には、人間とは似ても似つかない知的生命体が存在するのではないでしょうか。。。?

そのような知的生命体が住む宇宙は、我々の住む宇宙とは物理法則も物理定数も全く異なる世界に違いありません。

レベル1のユニバースや、レベル1のマルチバースの数が、途方もない数であれば、そのような可能性は高くなります。

銀河系の星の数とか、現在の宇宙の星の数とかであれば、途方もない数といっても、せいぜい銀河には1000億(10のたった11乗)の恒星があるとかという程度ですが、後ほど紹介する『宇宙は無限か有限か』という本で解説される「無限」という数字の定義をよく考えると、10の500乗とか、もう想像さえできないようなとてつもない数の宇宙が同時並行的に存在していると考えると、人間とは似ても似つかない知的生命体も、無限に存在することになります。

ハビタブル惑星(居住可能な惑星)の数の試算として、銀河の1000億個の恒星のうち1000万分の1、すなわち1000万個がハビタブル惑星だそうです。

(出典:exciteニュース)

宇宙全体では、1000億個の銀河があるので、1000万個の1000億倍で、10の18乗のハビタブル惑星が存在することになります。

10の18乗は途方もない数ですが、そのなかで高度知的文明が存在する確率や、人類が遭遇できる確率となると、かつてカール・セーガン博士が引用したドレイクの方程式をもってしても、せいぜい一桁から二桁程度の非常に低い数字になります。


「宇宙人がいる星がどれくらいあるか?(ドレイク方程式)」というサイトでは、各パラメータの値を自由に設定することで、計算式の結果を求めることができます(デフォルトの数値で計算すると、結果は10となります)。

4. ビッグバンについて

「ビッグバンがある一点からの爆発ではなく、ほぼ無限の体積を持つ空間の至るところで同時に起こった」というのは、理解が難しい点でした。

それを説明するために本書では以下のような「地平線球の未来」という図が示されています。

地平線球の未来

「もし説明が難しければこの図は飛ばして読んでいただいても大丈夫です」とあります。

『マルチバース宇宙論入門』(シリーズその4)では、これと同じ図が繰り返し引用され、この図が「ペンローズ図」と呼ばれる便利な図であることがわかります。

図からわかることは、地平線球の外側にも無限大の空間が、現在の宇宙が誕生した大昔からあるということです。

つまり、ビッグバン以前にも宇宙は一点に収縮されていたわけではなく、マルチバースのレベルで考えれば、我々の宇宙が誕生する時点から無限大の体積宇宙であったことになります。

マルチバースの議論を進めると、我々の宇宙と全く同一のクローンユニバースが、無限体積を持つレベル1マルチバース内のどこかに、しかも無限個実在するということになります。。。!

我々を含む宇宙のすべてが全く同一のクローンユニバースが遥か遠くのどこかに無限個実在するというのは、もう、すべての想像を超えた凄まじい結論ですね。

まさに、事実はSFよりも奇なり。

本書では、そのようなクローンユニバースが、我々の宇宙からどれほど離れた距離にあるのかを計算してくれます。

結果だけ記すと、それは、現在のレベル1ユニバースを一列に「10の122乗」個並べると、平均的にはクローンユニバースが1個存在することになるそうです。

この計算過程については、『宇宙は無限か有限か』(シリーズその5)で説明されています。

クローンユニバースに住む、私たちのクローン人間は、物理的には原子配置まで同一ですが、果たして意識はどうでしょうか?

こうなると、哲学における唯物論と唯心論の話になりますが、著者は、「神経シナプスの結合まで含めて完全に同一であれば、その人間の意識が違うことは有り得ない」という立場です。

このテーマもなかなか奥が深いですね。。。

5. マルチバース間の関係

レベル2マルチバースのなかに並行して存在するレベル1マルチバース同士は、因果関係を持たないので、互いに相手の存在を知ることは永遠にできません。

しかし、同じ3次元空間にありながら因果的には隔離されているブラックホールだけは、例外的に、異なるレベル1マルチバースへつながっている可能性があります


ブラックホールを利用して別の宇宙に旅行することができたら、永遠に知り得ることのできない世界(別のレベル1マルチバース)へ辿り着くことができるのでは。。。

もうここまでくると未来の宇宙旅行の妄想が果てしなく広がってゆきます 笑

ブラックホールに吸い込まれた宇宙船は、別のレベル1マルチバースにあるホワイトホールから出現することになるのでしょうか?

小学生のときに読んた『ホワイトホール』をもう一度読み返したくなってきました。


6. レベル3マルチバース

レベル2マルチバースまででも想像力を超えた話なのに、さらにその上にレベル3マルチバースがあります。

レベル3マルチバースは、量子論に関連して登場するパラレルワールドです。

量子力学の基礎であるシュレディンガー方程式や、コペンハーゲン解釈などは、私は全く理解していませんが、本書はそのような専門知識がなくても読み進めることができます。

私が驚いたのは、量子力学は、決して微視的世界だけに閉じたものではなく、必然的に宇宙のような巨視的世界の常識も変えてしまう可能性があることでした。

多世界解釈のマルチバース世界では、世界とは「あの時あれが起こっていればああなっていたはず」というすべての可能性に対応する集合からなると考えます。

多世界解釈のマルチバース世界

個々のレベル3ユニバースでは、すべての事象が確率的ではなく決まっています。

つまり、「観測をするたびに世界が分岐する」のではなく、「すでにあらゆる可能性に対応する無数の世界が準備されており、自分はその中のどの特定の世界に存在しているのかを認識したに過ぎない」ということになります。

もはや空想を超えて、このようなパラレルワールドを想像することも困難ですが、もしこの解釈が正しいとしたら、自分が生きている世界は、無限にある組み合わせの世界のほんの一つに過ぎないということになり、生きる意味や目的でさえも曖昧になってしまいますね。

レベル3マルチバースのさらに上の階層であるレベル4マルチバースに至っては、著者でさえ正しく理解できているか定かではないと書いています。

「宇宙と法則と数学はすべて同じ」、「すべての数学的構造は具体的な宇宙として実在する」。。。私には理解不能なレベル。。。ひょっとしたら、

7. 人間原理

本書の後半では、宇宙の物理法則や地球の環境が、如何に偶然で不自然なものかを説明しています。

つまり、これらの偶然のどれか一つでも異なった値になっていれば、知的生命体は存在することができなかったという事実です。

本書の最終章では、このような人間原理の妥当性について述べています。

我々の住む宇宙に知的生命体が誕生したのは、奇跡なのか、それとも、単なる無限の可能性の一つとしての必然的なものなのか。。。

カトリック宗教の観点からは、このような世界を創造したのは神にしか造り得ない、なので神は存在する、ということになると思いますが、マルチバースやパラレルワールドを単なるSFの世界の空想物ではなく、真面目な科学の考察対象として捉えると、単なる必然的なものなのもかもしれません。

8. まとめ

マルチバース、クローンユニバース、そしてパラレルワールドといった空想の世界でしかないと思っていたことが、実は、現実の世界であるかもしれないというのは心底驚くべきことです。

SF作家や小説家ならいざ知らず、最先端の学術研究の第一人者が、このような本を執筆しているということ自体、驚愕すべき科学の進歩ではないでしょうか。

ちなみに、138億年前に光が出発した場所までの距離は、一体どれほど遠いのかという問いに、本書では、具体的な数字を明記していないと書きましたが、同じ著者のネットの記事では、「なぜ138億光年ではなく470億光年なのか説明してほしいと希望する読者がそれなりにいるようだ」とあります。

実際、「正確な説明には一般相対論が必要となるのでやや面倒くさいのだが、とりあえず計算過程は極力丁寧にごまかさず、別紙にまとめておく」と、複雑な計算式まで公開していてビックリでした。

このネット記事は有料なので、全体を読むことはできませんが、470億光年の根拠は、東京大学の宇宙理論研究室のページにPDFで掲載されています。

以下にそのPDFを引用したので、興味のある方は数式の解釈にチャレンジしてみてください(専門家の友人が親切にPDFに注釈を加えてくれたのですが、私にはなかなか容易に理解できそうにありません)。


ざっくりとした理解では、アインシュタイン方程式を使って時間依存と空間依存の両方の要素を、宇宙誕生から現在までの積分値と考え、そうして求められた数式に、観測から求められた各種パラメータ推定値(ハッブル定数、通常物質密度、ダークマター密度、宇宙定数、宇宙曲率、宇宙の推定年齢138億年)を代入します(で正しい?)。

最後に求められた計算式の数値計算を、ネットのサイト(Wolfram Alpha)に入力した結果が以下となります。


宙空間が膨張するスピードは光の速度を超えても矛盾しない、実際に光の速度を遥かに超えたスピードで膨張しているということですね。

『不自然な宇宙』は、最先端の宇宙論が描くマルチバース宇宙の概要をわかりやすく説明しており、宇宙論の入門書として強くおススメします。



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