[時間と空間の終わり] 宇宙論の新書シリーズその2 - 『宇宙の果てになにがあるのか』(戸谷友則)

宇宙論に関する新書シリーズその2 - 『宇宙の果てになにがあるのか』(戸谷友則)


最近、宇宙論に関する本を図書館からどっさりと借りてきました。


友人のおススメの著者の書籍を中心に、5冊の新書を一気呵成に読了しました(といっても斜め読みですが)。
  1. 『不自然な宇宙』(須藤靖, 2019年)
  2. 『宇宙の果てになにがあるのか』(戸谷友則、2018年)
  3. 『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』(青木薫 2013年)
  4. 『マルチバース宇宙論入門』(野村泰紀 2017年)
  5. 『宇宙は無限か有限か』(松原隆彦 2019年)
どの書籍も極めて面白く、私のような物理学の素人でも宇宙論の魅力を存分に堪能できる素晴らしい科学本ばかりです。

138億年前のビッグバンによる現在の宇宙の誕生、ダークマターやダークエネルギーの存在と膨張する宇宙、超ひも理論で予言される果てしない数の他の宇宙(マルチバース)の存在、そして人間原理など。。。宇宙論のトピックに興味は尽きません。

今年(2021年)はアインシュタインがノーベル物理学賞を42才で受賞してからちょうど100周年です。

「アインシュタイン展」(名古屋・大阪)

この5冊の新書の書評を1冊づつまとめて、それぞれの宇宙論の特徴を整理しようと思います。

本記事では『宇宙の果てになにがあるのか』(戸谷友則、2018年)を紹介します。

1. 『宇宙の果てになにがあるのか』(戸谷友則、2018年)


著者の戸谷友則さんは、1971年生まれ、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻教授、専門は宇宙物理学、天文学(特に、宇宙論、銀河形成や高エネルギー天体物理学)です。

以前、ブルーバックスの『宇宙は本当にひとつなのか』(村山斉 著、2011年7月発刊)を読みました。

本書『宇宙の果てになにがあるのか』も同じブルーバックスの新書です。

宇宙の果てはどうなっているのか?という壮大なテーマに徹底的に取り組んだ力作です。

一般社会向けの講演会で話をすると、必ず出てくる質問が

「宇宙人はいますか?」

だそうで、頑張ってビッグバン宇宙論の話をした後で、「出てきた最初の質問がこれだった時の脱力感には未だ慣れることができない」そうです 笑

その次に多い質問が、本書のメインテーマである「宇宙の果てはどうなっているのか?」だそうです。

2. 二つの「宇宙の果て」

「宇宙は138億年前に始まり、宇宙には光より速く伝わるものは存在しない」

「我々が原理的に観測できる領域の大きさには限りがある。それは現在、我々を中心として約464億光年の半径を持つ球ということになる。この464億光年という限界距離を「宇宙の果て」と言うことが多い」

いきなり138億光年と464億光年という距離の違いの話が出てきました。

冒頭では、その違いを

「光が昔に通過した領域は、その後の宇宙の膨張により引き伸ばされているので、光が通ってきた経路の長さを今の宇宙で測れば、約464億光年になるということなのだ」

とさらっとした説明で終えています。

464億光年を「観測可能な宇宙の果て」というように定義します。

現在、最新鋭の望遠鏡によって宇宙が誕生してから約5億年経ったとき(つまり133億年前)の銀河が観測されており、実際に観測された最も遠い銀河(地球からの距離は、310億光年 - 下のグラフ参照)です。

さらに、宇宙誕生から38万年後の発せられた「宇宙マイクロ波背景放射」は、地球からの距離は、455億光年の彼方になります。

これより昔(つまり地球から455億光年から464億光年の間)は、自由電子の活動によって光がさえぎられており直接観測することはできない範囲となります。

138億光年と464億光年という距離の違いについては、以下のグラフを見るとイメージしやすいです。

赤方偏移と距離の関係(宇宙の果ては138億光年?より引用)

このグラフを見れば、上述の133億年前に誕生した銀河は、地球からの距離にすると310億光年になることがわかります。

遠くの物体ほど赤方偏移は大きくなり、赤方偏移の値が無限大の点で、458億光年になるのです。

464億光年のさらに先には何があるのでしょう?

464億光年よりさらに先にある「宇宙の果て」を、「空間的な宇宙の果て」と呼んで、464億光年先の「観測可能な宇宙の果て」と区別します。

3. ビッグバン宇宙論の立証

ガモフが提唱したビッグバン宇宙論、すなわち、宇宙は超高温の火の玉のような爆発で始まったとする説は、後年、宇宙マイクロ波背景放射の偶然の発見によって証明されることになりました。

ここで面白いのは、筆者が「ある理論が正しいと認められる上で、予言が的中する、というプロセスは決定的に重要である」と指摘している点です。

「存在するすべての観測データを説明できる理論モデルなど、なんとか理屈をこねて作れてしまうものだ」

「大切なのは、その理論が予想することを予め予言しておき、将来の観測や実験の検証に委ねることなのだ」

これは自然科学だけでなく、社会科学にも共通する極めて重要なポイントではないかと思います。

株価の予測モデル、ウィルスの感染拡大モデル、などなど。。。

業務や日常生活のあらゆる局面で、理論や推論が引き合いに出されますが、それらに共通するのは「現状に照らし合わせる」ことにのみ腐心して、将来の検証に委ねることは滅多になく、検証されることもほとんどありません。

さらに筆者は、ではビッグバン宇宙論は完璧なのか?という問いかけをします。

ビッグバン以外の宇宙論は有り得ないわけではなく、現に、ビッグバン宇宙論が決定的となった1990年代にも、定常宇宙論を研究している研究者がまだ残っていたそうです。

将来、ダークマターやダークエネルギーなどの未解決問題が解き明されたら、ビッグバン宇宙論も完全に正しい理論ではなくなるかもしれません。

しかし、それは、アインシュタインの相対性理論が認められたあとでも、ニュートンの古典力学が間違っていたわけではなかったように、ビッグバン宇宙論が完全否定される可能性は非常に低いだろうと述べています。

ビッグバン宇宙論は、いろいろな示唆を含んでおり考えさせられます。

4. ビッグバンの直前

ビッグバンの直前に発生したインフレーションで宇宙がゼロから指数関数的に膨張したことは、『不自然な宇宙』(シリーズその1)でも説明されていました。

インフレーション理論は、現在の宇宙が140億光年に渡って不自然なほどに均一であるという「一様性問題」「平坦性問題」を見事に説明することができます。

インフレーションの発生そのものは、ゆらぎから発生する素粒子の過冷却で生じるポテンシャルエネルギーによるものと考えられていますが、そもそもどういうメカニズムでインフレーションが発生するかを実証することはできていません。

自然界の4つの相互作用とは、電磁気力、重力、強い力(原子核内の陽子や中性子を結び付けている力)、弱い力(ある粒子を別の粒子に変換させる力)です。

この4つの力をすべて統合させる大統一理論は未だに確立されていませんが、宇宙の始まりの瞬間には、この4つの力がすべて統合していたと考えられています。


インフレーション理論を実証するのが難しいのは、この宇宙誕生時のとてつもない高温の環境を再現することが困難なためです。

素粒子加速器実験で、最高エネルギー1万ギガ電子ボルトを実現するスイスのLHCは、山手線の1周ほどもある巨大な加速エネルギー器ですが、インフレーション理論を実証するためのプランクスケールを実現するためには、実にこの1000兆倍!のエネルギーが必要となります。

そうなると、建設する速エネルギー器の大きさは、約3000光年となり、太陽から銀河系の中心までの距離の8分の1くらいになってしまいます。。。

20世紀の素粒子加速器の性能向上は、下のグラフのとおり驚異的なスピードで、コンピュータ半導体の性能が18カ月で2倍になるといういわゆるムーアの法則に似ています。


もしこの性能向上のスピードが続けば、西暦2170年にはプランクスケールに到達する計算になるので、ひょっとしたら、現在の1000兆倍のエネルギーを発生させる加速器も意外に実現可能かもしれませんね。

5. ブラックホール

銀河の中心部には、太陽の300万倍という巨大なブラックホールがあります。

モンスターブラックホールについては、以前ブログ記事にも書きました。

奇妙な天体ブラックホール~コズミックフロントより

ブラックホールが星間ガスを吸い込むときに明るく光るときがあり、クエーサーもその一種で、最遠方の宇宙を探索するうえで重要な天体となっています。

実はこのクエーサー、小学生時代に読んだ天体の本に出てきたパルサーと同じものだと私は勘違いしていました。

小学生時代に読んだ本は『天文学入門 宇宙と星のふしぎ』(小学館入門百科シリーズ)という子供向けの天文書でした。


この本は、父親からのプレゼントだったと思いますが、天体に本格的に興味を持つきっかけになった最初の1冊で、夢中になって読みました。

そこに、「最近パルサーとかいうふしぎな天体が見つかって」「ものすごく遠い所にあり、強い電波を出している」という記述があり、子供心に強い興味を抱いたことを覚えています。


パルサーとクエーサーの違いは、こちらの記事に詳しくまとめられていますが、パルサーの正体は中性子星(1967年に発見された)の一種で、一方クエーサーの正体は、銀河系の中心にある超巨大ブラックホールによる活動銀河中心核の最も明るい部類のものです。

パルサーで有名なのが、かに星雲の中心にある中性子星で、『明月記』(1054年)の記録にも残っている超新星の名残りです。

1つのクエーサーが1000億個もの星からなる銀河全体を明るくすることができるというから、とてつもない輝度ですね。

クエーサーは、その輝度の高さから最遠方天体(宇宙誕生後1億~10億年)として長年注目を集めてきましたが、最近は、さらに遠方の銀河や、ガンマ線バーストという天体も発見されています。

恒星の内部で、鉄より軽い元素は核融合によって重い原子核になるときにエネルギーを出します。一方、鉄より重いウランやプルトニウムといった核物質は、核物質によりエネルギーを出します。

鉄自身は、安定しているため原子核反応でエネルギーを出すことはありません。

しかし、ブラックホールになるほど高密度になると、鉄コアが潰れて中性子星になるのですが、そのときに、巨大な重力エネルギーが解放されて超新星爆発を起こし、鉄やその他の重元素を吹き飛ばしてしまいます。

我々の身の回りや身体の一部を構成している鉄や炭素は、すべて、かつて宇宙のどこかで超新星爆発を起こしたときに放出された大昔の星の残骸だとわかると、自分の身体と太古の大宇宙のつながりを感じて不思議な気持ちになりますね。

ちなみに、超新星爆発で、重力エネルギーの99%がニュートリノの放出となりますが、このニュートリノを1987年に世界で初めて捕らえたのが、岐阜県のカミオカンデでした。

大マゼラン星雲で発生した超新星1987Aから放出されたニュートリノのうち、およそ1京ほどのニュートリノがカミオカンデ検出器のなかに貯蔵された水の分子を通り抜け、そのうちわずか11個が水分子中の陽子と反応して検出されたのでした。

スーパーカミオカンデ

カミオカンデは稼働を終えて、1996年からは10倍大きなスーパーカミオカンデが稼働していますが、その後未だに超新星からのニュートリノは検出されていません。

ブラックホールから発生する重力波の検出は、LIGOの検出器によって2015年、2つのブラックホールの合体による重力波を検出することに成功しました(その後2017年には中性子星同士の合体により重力波も検出)。

LIGO(公式ホームページより引用)

重力波の検出という偉業によって、アインシュタインの相対性理論の正しさが証明されるとともに、ブラックホールが実在するという証明も得られました。

6. 宇宙論の将来

現在未解決の大きな謎が、ダークマターとダークエネルギーです。

アインシュタイン方程式のなかの宇宙定数であるダークエネルギーによる宇宙膨張の加速により、現在の宇宙は、1000億年ほどの未来にはほとんど何も観測することができない宇宙になってしまいます。

ダークマターについては、「ニュートラリーノ」と呼ばれる素粒子が有力候補になっています。

ダークエネルギーは、正体がまったく不明であり、突き詰めると、人間原理の議論、すなわち「我々人類が観測する宇宙は、そのなかに人類が誕生できるようなものでなければならない」という原理に行き着きます。

宇宙が誕生するときに、宇宙定数(ダークエネルギー)がランダムにいろいろな値をとる、ということは、数多くの性質のバラバラな宇宙がどこかで誕生しているというマルチバースの話に繋がるのです。

7. まとめ

本書の特徴は、宇宙論を構成するさまざまなトピックがバランス良く盛り込まれている点だと思います。

相対性理論、アインシュタイン方程式、ビッグバン、インフレーション理論、ブラックホール、量子論、物質と反物質、観測と実験の最前線、などなど。。。(一方、人間原理やマルチバースについては、最終章に簡単に紹介する程度)。

著者の解説は、難解な物理学の事象や理論を、日常世界の出来事に例えてわかりやすく説明してくれるので大変有難いです。

また、随所にエピソード話が挿入されていたり、宇宙論を俗世間に例えた話が面白く、読んでいて楽しい本になっています。

本書『宇宙の果てになにがあるのか』は、最先端の宇宙論が説く世界の全貌を把握するにはうってつけの良書で、強くおススメします。

[宇宙はひとつだけではない] 宇宙論に関する新書シリーズその1 - 『不自然な宇宙』(須藤靖)

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