[私たちはなぜ〈この宇宙〉にいるのか] 宇宙論の新書シリーズその4 - 『マルチバース宇宙論入門』(野村泰紀)

 宇宙論に関する新書シリーズその4 - 『マルチバース宇宙論入門』(野村泰紀)


最近、宇宙論に関する本を図書館からどっさりと借りてきました。


友人のおススメの著者の書籍を中心に、5冊の新書を一気呵成に読了しました(といっても斜め読みですが)。
  1. 『不自然な宇宙』(須藤靖, 2019年)
  2. 『宇宙の果てになにがあるのか』(戸谷友則、2018年)
  3. 『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』(青木薫 2013年)
  4. 『マルチバース宇宙論入門』(野村泰紀 2017年)
  5. 『宇宙は無限か有限か』(松原隆彦 2019年)
どの書籍も極めて面白く、私のような物理学の素人でも宇宙論の魅力を存分に堪能できる素晴らしい科学本ばかりです。

138億年前のビッグバンによる現在の宇宙の誕生、ダークマターやダークエネルギーの存在と膨張する宇宙、超ひも理論で予言される果てしない数の他の宇宙(マルチバース)の存在、そして人間原理など。。。宇宙論のトピックに興味は尽きません。

この5冊の新書の書評を1冊づつまとめて、それぞれの宇宙論の特徴を整理しようと思います。

本記事では『マルチバース宇宙論入門』(野村泰紀 2017年)を紹介します。

1. 『マルチバース宇宙論入門』(野村泰紀 2017年)


著者の野村泰紀さんは、1974年生まれ、カリフォルニア大学バークレー校教授、専門は素粒子物理学、量子重力理論、宇宙論です。

宇宙論の一般書としては、科学的にはある程度の基礎知識を求めるハイレベルな内容になっています。

2. ペンローズ図

本書の冒頭部分は、ダークマター、物質と反物質、インフレーションなど、これまで紹介した書籍でも解説されていた内容です。

宇宙の歴史を説明するうえで、ペンローズ図という時空図が出てきます。

ペンローズ図とは、時間方向を縦に、空間方向を横に取り、光の進む経路が45度になるように描かれています。


ペンローズ図は、『不自然な宇宙』(シリーズその1)でも簡単に取り上げられていました。

本著では、ペンローズ図が頻繁に取り上げられます。

しかし、良く使われているこのペンローズ図は、マルチバース理論によると、決定的に間違っているらしいのです。

3. 真空エネルギーの値

粒子が全く存在しない真空であっても、そこには真空エネルギーがあるというのは、『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』(シリーズその3)でも解説されていました。

その真空エネルギーの値が正の値を取った場合、一般相対性理論の方程式を解くと、空間は加速度的に膨張します(逆に負の値の場合は、膨張から収縮に変わり、1点に収束してしまう)。

ところが、この真空エネルギーの実際の測定値(1998年)が、理論値と比較して120桁も小さい(逆に言えば、理論値は、実際の測定値よりも120桁も大きい)というとんでもない乖離が明らかになったのです。

理論値と実測値がこれほどまでに合致しないため、宇宙の加速膨張を引き起こしている得体の知れないものを、ダークエネルギーと呼ぶことになりました。。

ダークエネルギーは、真空エネルギーのことかもしれませんが、まだ証明されていません。

尚、このダークエネルギーは、アインシュタイン方程式の宇宙定数と等価です。

一般に時間が経って宇宙が膨張していくにつれて、物質のエネルギー密度は小さくなります。

一方、真空のエネルギー密度は空間が膨張しても変わりません(真空エネルギー量は、空間の膨張で薄まることがない)。

ところが、ここで実に不思議なことに、物質のエネルギー密度が急速に減少して、真空のエネルギー密度とほぼ同じ割合(3:7)になるタイミングが、まさに現在の宇宙の年齢になっているという、非常に奇妙な状況であることがわかりました。


上の図のように、真空のエネルギー密度が物質のエネルギー密度を逆転するまさにその時期が、人間という知的生命体が誕生した時期と一致しているという、偶然の一致とは思えないことが起きているのです。

ここから先の議論は、『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』のワインバーグのパラレルワールド話と重なる部分ですが、本書ではより詳しく掘り下げています。

ワインバーグによると、「もし真空のエネルギー密度が現在の物質のエネルギー密度より数桁以上大きかったならば、そのような宇宙には銀河、星をはじめとするあらゆる構造が存在し得ない(つまり生物も誕生しない)」というものでした。

しかし、それは逆に考えると、

「もし異なる宇宙の種類が10¹²⁰以上あったなら、その中のいくつかの宇宙は”たまたま”小さい真空エネルギーを持つことになる。すなわち、そのような宇宙には銀河、星をはじめとするあらゆる構造が存在する」

ということになります。


真空エネルギーの測定値と理論値の乖離という問題が、こうしてマルチバース宇宙と人間原理の考え方に繋がります。

4. 「発散」の問題と超ひも理論

アインシュタインの一般相対性理論を単純に量子力学的にして物理量を計算すると、結果がすべて無限大に発散してしまいます。

この無限大の問題は、以前ブログ記事にした「神の数式」でも大きく取り上げられていました。

【NHKスペシャル 神の数式 完全版】面白過ぎる科学ドキュメンタリー番組

この問題を解いたのが、カリフォルニア工科大学のジョン・シュワルツと、ケンブリッジ大学のマイケル・グリーンによる超ひも理論でした。


超ひも理論を理解するうえで、二つの粒子が力を媒介する粒子を2回交換することにより相互作用したとします。

これを表したファインマン図は、ペンローズ図と違って、光の進む経路を45度にする必要がありません。

ファインマン図

このファインマン図の特徴(右の輪ゴムのような形状)は、そのどこにも左の図のT字路状のような特別な点がないことです。

この性質により、超ひも理論では、発散という問題を解決しています。

超ひも理論の計算でも、真空エネルギーの理論値が観測値よりもやはり120桁程度大きいことが証明されました。

さらに、超ひも理論によって、余剰次元(10次元や11次元!)すなわち、膨大な種類の宇宙(10⁵⁰⁰以上)を予言することに繋がるのです。

(以降の、多次元やカラビーヤウ多面体の議論は、ちょっと難し過ぎたので割愛)

5. 泡宇宙の誕生

では、超ひも理論の余剰次元では、どのようにして無数の宇宙が生成されるのでしょうか?

それは、量子力学のトンネル効果によって、本来古典力学では移動不可能なポテンシャルエネルギーを通過して、転換を繰り返すことで可能となります。


古典力学ではビー玉が坂道を勝手に上ってゆくことは有り得ないのですが、量子力学ではOKなのですね。。。

こうして無数の泡宇宙が永遠に生まれ続けるのです。

これらの異なる宇宙においては、素粒子の種類や性質から真空エネルギーの値、空間の次元までも異なっていると予想されています。

つまり、我々の住む宇宙は、10⁻¹²⁰の確率で偶然に誕生し、十分に小さな真空エネルギーの値、そして適切な素粒子の種類、性質を持った宇宙として、138億年後に生命を誕生させたということになります。。。!

6. 泡宇宙同士の関係

では、この泡宇宙で満たされている無限の宇宙のなかで、我々の存在している泡宇宙から別の泡宇宙を観測することは果たして可能でしょうか?

ここからの説明には、先ほどのペンローズ図がたびたび登場します。

泡宇宙が生成されて、光速で膨張する場合、以下のように泡の壁が45度方向に向かって伸びていきます。


泡宇宙の外にいる観測者(図の左下の人間)から見ると、その膨張は、t=1,2,3,4,と水平の線で表されます。

一方、この泡宇宙の膨張を、泡宇宙の内部(すなわち45度の線で囲まれた図のの真ん中上部の人間)から観察をするとどうなるでしょうか?

光速は観測者によらず宇宙のどこでも常に一定なので、泡宇宙の膨張は、前の図と同じように、45度の線で伸びていきます。

ところが、時間は観測者によって変わるため、泡宇宙の内部の観測者から見ると、t'=0,1,2,3,4, となるのですが、ここでt'=0では、既に無限に大きい宇宙として捉えられることになります。


この新しい図が、前掲のペンローズ図を置き換える、新しいペンローズ図となります。

つまり、宇宙のはじまりは水平の線ではなく、逆三角形の形で描かれなくてはならないのです。

下の図で、Aの部分は、泡宇宙の内部にいる人間からすると、宇宙が始まる時間の前の時間ということになり、Aに存在する他の泡宇宙へ行くことは不可能となります。

また、光速を超えて移動することはできないことから、泡宇宙の内部にいる人間の行ける部分というのは、中心の上にある灰色の逆三角形の範囲の内部に限られます。

しかし、Aに行けないとしても、Aから来る(つまり別の泡宇宙から来る)シグナルを受け取ることは不可能ではありません。

そのシグナルは、宇宙の始まる前の時代からのシグナルということになり、ビッグバンやインフレーションの遥か以前の極めて微弱なシグナルとして、将来ひょっとしたら受信することができるかもしれません。


泡宇宙の中にはまた別の泡宇宙ができ、そのまた中に別の泡宇宙。。。というように、入れ子状態になる宇宙をペンローズ図で描くと下のようなフラクタル状の構造になります。


いやはや。。。あまりにスケールの大きな話に発展しましたが、どうやらこれが現在の宇宙論の最前線のようです。

7. 我々の宇宙の未来

では、我々の住んでいる宇宙は、遠い将来どのような運命にあるのでしょうか?

40億年後:銀河系がアンドロメダ銀河と衝突して合体
50億年後:太陽が燃え尽きて白色矮星になる
数百億年後:すべての銀河系が光速を超えて遠ざかるため、銀河系外の星は見えなくなる
10²²億年後:銀河系全体が巨大ブラックホールに吸収されて崩壊
10¹⁰⁰億年後:巨大ブラックホールがホーキング輻射により蒸発
その先のいつか:、宇宙は加速膨張を続けるが、他の泡宇宙に呑み込まれて消失?

人類はこの宇宙に永遠に生き続けることはなさそうです。。。

8. マルチバースを裏付ける観測

将来、マルチバースを裏付ける観測とはなんでしょうか?

ひとつは、宇宙の曲率を高い精度で測ることです。

今後数10年の間に、宇宙の曲率の測定精度は最大2桁程度良くなるということなので、0.01度の角度の誤差まで測定できるようになるそうです。


負の曲率が測定されたら、マルチバースを支持する根拠になりますが、もし正の曲率が測定されたとしたら、マルチバース理論は完全に棄却されることになります。

宇宙の曲率の測定以外にも、我々の宇宙が他の宇宙と衝突した名残りが測定されれば、マルチバースを裏付けることになります。


マルチバースの時空構造は複雑なため、我々の宇宙が他の宇宙と衝突する確率はほぼ100%!なのだそうです。

宇宙マイクロ波背景放射が観測されたことを考えると、近い将来、他の宇宙と衝突した名残りが観測される可能性は決してゼロではないと思います。

もしそんなことが発見されたら、これはもう世紀の大発見(というか、宇宙始まって以来の大発見)になるのではないでしょうか?

9. まとめ

終章で著者は、無限大の問題を取り上げています。

マルチバースにおける無限大、重力を含む系における量子力学の問題を考えた結果、筆者は、宇宙論的なマルチバースと、量子力的な他世界は同じものではないかということに気付き、2011年に論文として発表したとのことです。

その後の話の展開は、量子的マルチバースという、さらに難解なトピックになるのでここでは触れませんが、筆者のマルチバースに対する深い洞察力と情熱が伝わってくるものでした。

『マルチバース宇宙論入門』は、数式こそ出てきませんが、ペンローズ図を駆使するなでかなり本格的な宇宙論の解説となっており、単なる科学読み物の域を超えていると思います。

しかし、その分、他の書籍と比べても、イマジネーションを掻き立てるレベルは半端ないと思います。

本書は、無地のカバーで一見地味に見えるかもしれませんが、内容はまさに超ハードな宇宙論となっており、読んだあとの衝撃度はピカ一でした。


[宇宙はひとつだけではない] 宇宙論に関する新書シリーズその1 - 『不自然な宇宙』(須藤靖)

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