J.S.バッハの「ちょっとマニアックな」作品10選

先日マタイ受難曲の教会コンサートに行ってきました。

以前マタイ受難曲を聴いたときも同じ4月の初旬でした。復活祭の前の四旬節にあたるこの時期は、各地でマタイ受難曲の演奏会が多いようです。

ちょうど良い機会なので、人生のなかで出会ったバッハの主な作品10選を振り返ってみることにしました。

1. G線上のアリア
2. 無伴奏チェロ組曲
3. ブランデンブルグ協奏曲
4. マタイ受難曲
5. カンタータ
6. ゴルドベルク変奏曲
7. フランス組曲
8. ヨハネ受難曲
9. 音楽の捧げもの
10. フーガの技法

1. G線上のアリア


私とバッハの出会いは、小学校5年生のときでした。

当時、宇宙や天体に夢中だった私は、渋谷の五島プラネタリウムに足しげく通っていました。そのプラネタリウムで夕暮れからやがて満天の星空に変わるときに流れていたのが、「G線上のアリア」でした。

ヴァイオリンの美しい旋律と、まっ暗闇の満天の星空のロマンは見事にマッチしていて、子供心に宇宙の神秘に対する想像力を掻き立てられました。

恒星間ロケットに乗り、未知の銀河系へ旅立つことができたら。。。

ちなみにこの「G線上のアリア」とは、ヴァイオリンの4本ある弦のうち最低音の弦、G線のみで演奏されるのでそう呼ばれています。

G線上のアリア

このアリアは、管弦楽組曲第3番ニ長調の第2曲をアレンジしたものですが、誰でも一度は聴いたことがある非常にポピュラーな名曲です。

2. 無伴奏チェロ組曲


中学生になって、本格的に音楽とオーディオにのめり込んでいきました。FMラジオのエアチェックなどしてクラシック音楽も聴くようになり、そこで出会ったのが、ウォルフガング・ベトヒャーというベルリンフィルの主席チェロ奏者の来日公演ライブで演奏された「無伴奏チェロ組曲」だったのです。

ここで若干バッハの生涯について。

ヨハン・セバスチャン・バッハは18世紀のドイツで活躍した作曲家です。1685年に8人兄弟の末っ子として生まれました。母親はバッハが9歳にときに、父親は10歳のときに亡くなっています。

最初に結婚したマリア・バルバラとの間には7人の子供をもうけましたが、生活は決して楽ではなかったようです。

ケーテンの宮廷楽長時代には、多くの世俗音楽を作曲しました。ケーテン時代に妻が急死してしまい、その後アンナ・マグダレーナと再婚しました。アンナとの間には13人の子供をもうけましたが、多くは幼いうちに死んでしまいました。

「無伴奏チェロ組曲」は、そのケーテンで、バッハが宮廷楽長として仕えていた時代(バッハ32歳)にチェロの練習曲として作曲されたものですが、練習曲という名前とは裏腹に、極めて高い芸術性を持った傑作です。

第1番から第6番までどれも素晴らしいのですが、やはり第1番の前奏曲が個人的にはベストでしょうか。

名匠カザルスを筆頭に名盤は多いのですが、私はマイスキーの最初の録音のものが一番気に入っています。

無伴奏チェロ組曲第1番

3. ブランブルグ協奏曲


「ブランブルグ協奏曲」を初めて聴いたのも、FMラジオのエアチェックでした。

その清涼な雰囲気にすっかりハマってしまい、特に第5番のチェンバロの独奏部(カデンツァ)は、楽譜を買ってきてピアノで一所懸命練習しました。

この曲の魅力は何と言ってもその清涼さにあります。清々しい気分の朝などに聴くとサイコーです。

ブランデンブルグ辺境伯クリスティアン・ルートヴィヒのために作曲された6つの合奏協奏曲集のことを指します。作曲年代は1721年、バッハが36歳のときの作品です。ちょうどバッハがケーテンを去って、その後生涯を過ごしたライプツィヒに活動拠点を移した時期に一致します。

ブランブルグ協奏曲第5番

演奏はトレヴァーピノック指揮のイングリッシュコンソートがおすすめ。ワクワクするような演奏の楽しさが伝わってくる名演です。

4. マタイ受難曲


高校に進学すると、カール・リヒターという偉大な指揮者と、グレン・グールドという鬼才のピアニストのことを知るようになり、共にバッハ演奏で金字塔を打ち立てた二人の音楽家の演奏にどっぷりと浸ることになりました。

カール・リヒターの「マタイ受難曲」との出会いは、別のブログ投稿で詳しく書きましたが、前評判を信じてなけなしの小遣いをはたき当時10,000円もする4枚組のアルヒーフ盤を買いました。マタイ受難曲を聴いたことがなかったので、書評だけを信じた大きな賭けでした。

しかし、リヒターの「マタイ受難曲」レコードは、金の価値では計り知れないほどの影響を私に与えてくれました。

「マタイ受難曲」についてのブログはこちらです。

「マタイ受難曲」は、新約聖書のキリストの受難の物語を題材にした宗教曲で、1727年の4月11日にライプツィヒの聖トーマス教会で初演されました。このときバッハは42歳で、聖トーマス教会のカントルでかつライプツィヒ市の音楽監督でもありました。カントルとは、教会音楽家のことで、作曲家、指揮者、そして教師を兼ねた重要な役職だったようです。

マタイ受難曲 第65曲「おのれを潔めよ、私の心よ」

このリヒターの「マタイ受難曲」(1958年版)は、今でも私のベスト盤です。

ちなみに、死後は、バッハは作曲家というよりも、オルガン演奏家として知られる存在に過ぎなかったのですが、1829年のメンデルスゾーンによるマタイ受難曲のベルリン公演をきっかけに一般にも高く再評価されるようになったというのは有名な話だそうです。

5. カンタータ


バッハの音楽のなかでカンタータは中心的な存在と言ってよいでしょう。バッハは生涯で200曲以上のカンタータを作曲しました。その多くは教会カンタータと言われる、プロテスタント教会の礼拝用に演奏される声楽曲です。

バッハはライプツィヒ時代に毎週のように教会カンタータを約5年分作曲していました(現在残っているのは約4年分のおよそ200曲)が、これは信じ難いエネルギーですね。

「主よ人の望みの喜びよ」という誰でも一度は耳にしたことのある美しい曲がありますが、これはカンタータ第147番「心と口と行いと生活で」のコラール(合唱曲)です。

アリア「主よ人の望みの喜びよ」

200曲以上もあるカンタータを全部聴くというのは現実的ではありません。しかし、カンタータのなかには珠玉の名曲がたくさん隠れています。

以下は私のお気に入りです(BWV番号=バッハ作品総目録番号)。

BWV36『喜び勇んで羽ばたき昇れ』(第1,3,4,5,7曲)
 この『喜び勇んで羽ばたき昇れ』はほとんどすべての曲が素晴らしいのですが、特に第5曲のバスのアリアと第7曲のソプラノのアリアは傑作だと思います。

BWV36『喜び勇んで羽ばたき昇れ』第7曲

BWV61『いざ来たれ、異教徒の救い主よ』(第3,5曲)
 第5曲のソプラノのアリアは最も気に入っているアリアのひとつです。静かな伴奏のなかで祈るように唄われます。
BWV62『いざ来たれ、異教徒の救い主よ』(第2,4曲)
 それぞれテノール(第2曲)とバリトン(第4曲)のアリアです。テノールのほうは低く流れるような優しい曲で、最も気に入っているアリアの一つです。バリトンのほうは、静かな佇まいのなかにも宗教的な崇高さを感じることのできる名曲です。

BWV62『いざ来たれ、異教徒の救い主よ』第2曲

BWV63『キリスト者よ、この日を銘記せよ』(第5曲)
 聴いているだけでワクワクしてしまうような曲です。テノールとアルトの駆け引きが楽しいです。
BWV64『見よ、父なる神の大いなる愛を』(第4曲)
 この合唱曲は短いですが、印象的です。メロディはバッハの作品のなかで多用されていると思いきや、この曲だけのようです。
BWV73『主よ、わが運命をみ心のままに』(第1曲)
 やや哀愁を感じさせる合唱曲です。繰り返し現れる旋律が転調するところは聴いていて心地よいです。
BWV98『神のなさることは首尾がよい』(第1曲)
 清楚な雰囲気の合唱曲。メロディーラインが美しいです。
BWV121『キリストを、われらいまやほめるべし』(第4曲)
 バスの響きがしっかりと響くドッシリとした曲ですが、ユーモラスなトーンが楽しめます。
BWV133『汝はわが喜び』(第1,2曲)
 こちらも聴いていてウキウキするような合唱曲から始まる魅力的なカンタータです。
BWV139『神によれる者は幸いなるかな』(第2,3曲)
 どちらも神の祝福に溢れた美しい曲です。3曲目のテノールは美しさのなかにも脈動感があります。
BWV156『わが片足は墓穴にありて』(第4,6曲)
 第4曲は荘厳でありながら親しみやすい雰囲気を持つ曲です。『目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ』のコラールを連想させます。

私はガーディナーの全集とリヒターの選集を持っているのですが、全曲を聴き通すのは生涯プロジェクトになりそうです。

6. ゴルドベルク変奏曲


一方、高校までピアノレッスンを続けた私は、グレン・グールドの遺作となった「ゴルドベルク変奏曲」を聴いて大きな衝撃を受けました。

アリアと30の変奏曲がまるで有機的に融合したかのような変化自在の解釈。そこにはもはやオーソドックスなバッハの姿はまるで見られませんでした。

さらに、グールドのうめくような鼻歌と椅子が軋むようなノイズがかぶっているにも関わらず、ピアノの音色を見事に捉えた録音は素晴らしいものがありました。

早速、楽譜を買ってきて、冒頭のアリアから片っ端に練習を始めました。しかし、運指(指使い)が記述されていないので、自分で考えなくてはならず非常に苦労しました。楽曲も難易度が高いので、なかなか弾けるようになれません。

結局、冒頭のアリアと次の第一変奏がなんとか弾けるようになった程度でやがて受験の準備で忙しくなり頓挫してしまいました。

不眠症に悩むカイザーリンク伯爵のためゴルトベルク卿がバッハに作曲を依頼したという逸話が残っていますが、真偽の程はともかく、子守唄とは内容の濃い作品です。バッハ57歳のときの作品ですから、最晩年に近いものです。

バッハの数多い鍵盤楽曲のなかでも難易度はかなり高いと思います。

ゴルドベルク変奏曲

やがて、高校を卒業したのを機に、ピアノのレッスンも止めてしまった私は、クラシック音楽からも遠のいてしまいました。

7. フランス組曲


私が再びクラシック音楽を聴くようになったのは、つい数年前のこと、テレビで放送されていたアンドラーシュ・シフのピアノリサイタルを観たのがきっかけでした。

アンドラーシュ・シフは、ハンガリーのピアニストで、バッハを得意としています。奥さんが日本人ということもあってか来日も多いようです。演奏はグールドのようなアクの強さとは対比的にあくまでも正統派です。

そのシフが弾いていたのが、「フランス組曲」でした。

「フランス組曲」は、バッハがまだケーテンにいた1722年頃に作られました。6つの組曲から構成されていて、曲調は明るいものも多いのが特徴です。私が気に入った4番は変ホ長調で特に明るく、5曲目のエールでは喜びが放たれたような軽快なリズムが楽しい曲です。

「フランス組曲」から第4番

ゴルドベルクを除くと、グールドのバッハは私にはあまりにアクが強すぎて馴染めなかったのですが、シフのバッハはどれも優しくて、それまでは敬遠していた「イギリス組曲」や「パルティータ」も楽しめるようになりました。

8. ヨハネ受難曲


バッハは「マタイ受難曲」のほかに、「ヨハネ受難曲」、「ルカ受難曲」、「マルコ受難曲」の計4つを作っていますが、ルカ受難曲は真作と見なされておらず、マルコ受難曲は台本のみが現存し、他は消失してしまいました。

ちなみに、「ヨハネ受難曲」はバッハが39歳のときの作品で、「マタイ受難曲」よりも3年ほど前のことです。

学生時代に「マタイ受難曲」にハマった私は、当然ながら「ヨハネ受難曲」にも触手を伸ばしていました。しかし、なぜか、いくら聴いても「ヨハネ受難曲」(そして同系列の「ロ短調ミサ曲」)を好きになれなかったのです。

それが、ひょんなことから、大人になって、カールリヒター指揮の「ヨハネ受難曲」を入手して聴いてみると。。。

まさに青天の霹靂!

こんな名曲にどうして今まで気が付かなかったのでしょうか?

実はそれまで保有していた「ヨハネ受難曲」はミシェル・コルボ指揮のもので、カールリヒターとは対極の穏やかで静かな演奏だったのです。ミシェル・コルボは決して嫌いな指揮者ではありませんが(フォーレの「レクイエム」は最高傑作です)、私好みの「ヨハネ受難曲」ではありませんでした。

「ヨハネ受難曲」については、こちらのブログで詳しく紹介しています。



ヨハネ受難曲 第13曲「ああ、わが念いよ」

カールリヒターの指揮の恐ろしさを感じるほどの規律と、エルンスト・ヘフリガーの福音史家の名唱は、「マタイ受難曲」の再現とも思えるほどでした。

9. 音楽の捧げもの


ヨハネ受難曲でバッハの音楽に再び目覚めた私は、ある日突然、何を血迷ったか、バッハコンクールに挑戦してみようと思いつきました。

ピアノなんて高校卒業してから30年以上やっていません。。。

そして50歳を目前に控えてバッハコンクールに挑戦、曲目を選ぶときに、何にしようかと悩みました。

その当時良く聴いていた「フランス組曲」の第4番あたりはどうかな、と。

しかし、なぜか心の声が「音楽の捧げもの」の「6声のリチェルカーレ」を弾きなさいと。。。

リチェルカーレとはフーガのことで、この曲は両手だけで6つのパート(声)が並行して構成される大規模なフーガです。

いわゆる大王の主題と呼ばれる、バッハがフリードリッヒ大王の宮廷を訪ねた際、大王より提示された以下のようなハ短調のテーマで始まる曲です。バッハ最晩年の曲の一つです。

結局心の声に従って、バッハのピアノ曲のなかでも難曲中の難曲である「六声のリチェルカーレ」を突貫3カ月でなんとか弾けるようにして、バッハコンクールに挑みました。

結果、残念ながら予選突破は叶わなかったものの、奨励賞をいただきました。

そのときのブログはこちらです。

「音楽の捧げもの」から「6声のリチェルカーレ」

「音楽の捧げもの」は、チェンバロで弾くことを前提として作曲されているので、ピアノ演奏のCDはとても少ないのですが、ニコラーエワの演奏はスローテンポで地味ですが感動的です。

10. フーガの技法


「音楽の捧げもの」を弾いた延長線上で、今度は「フーガの技法」が耳から離れなくなってしまいました。

バッハは1749年に脳卒中で倒れてしまいます。さらに、視力もほとんど失ってしまいました。そして、視力回復の白内障手術も失敗におわり、1750年、65歳でこの世を去りました。「フーガの技法」は、そんなバッハの最晩年の作品で、作曲途中で視力が急激に低下してしまい、未完成のまま出版されたものです。

最終曲の未完成のフーガ(コントラプンクトゥス XIV)は、10分を超える大曲ですが、最後に唐突に曲が終了してしまいます。しかし、その終わり方が、まるで謎を残すかのような余韻で、聴くたびに鳥肌が立ちます。

「フーガの技法」は、クラシック音楽の最高傑作のひとつに数えられることが多いのですが、バッハの作品のなかでも取っつきにくさはナンバーワンだと思います。

私も学生時代には「フーガの技法」の良さがサッパリわかりませんでした。

それがなぜか、バッハが「フーガの技法」を書いた年になって、「フーガの技法」にハマッてしまいました(ちなみにバッハは享年57歳でした)。

なかでも第11曲の「コントラプクトゥス11」に取り憑かれてしまい、もしもう一度バッハコンクールに出ることがあれば、是非この曲を演奏しようと思っています。

「フーガの技法」より「コントラプクトゥス11」

こちらもピアノ演奏が少ないのですが、ニコラーエワ、エマール、そしてマグレガーが素晴らしい演奏を残しています(マグレガーの演奏は極端に遅いテンポで後半に向けてドラマチックに盛り上がります)。

以上が、私が出会ったバッハの10作品です。「平均律クラヴィーア曲集」や「無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ」が抜けていますが、この2つはこれからじっくりと時間をかけて堪能しようと思っています。

年を取るにつれ「音楽の捧げもの」や「フーガの技法」といった最晩年の作品を好むようになったということは、私も最晩年を迎えているのでしょうか。。。

人は33歳までに音楽的嗜好が固まり、新しい音楽への出会いを止める傾向がある,という研究結果が話題になりましたが、あまり意識せずにこれからも新しい音楽との出会いを求めていきたいと思います。

(おわり)
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