映画『ロリ・マドンナ戦争』:アメリカン・ニューシネマの知られざるカルトムービー


映画『ロリ・マドンナ戦争』(1973年)を観ました。


『ロリ・マドンナ戦争』(原題、Lolly-Madonna XXX)は、アメリカ合衆国南部(テネシー州)の田舎を舞台に、いがみ合う二つの家庭(フェザー家とガットシャル家)の全面戦争を描いた、アメリカン・ニューシネマの知られざるカルトムービーです。



この映画には小学生時代から格別の思いがあり、40年以上経過してDVDを入手、ようやく観ることができました。


西部劇や戦争映画ならいざ知らず、現代の世の中で、隣人同士が銃で撃ち合い、殺し合うというストーリーは、当時の世間知らずの私にとっては非常にショッキングでした。


その抗争に巻き込まれてしまうショートヘアのヒロイン(シーズン・ヒューブリー)の可憐さも印象に残っています。


早速DVDディスクをセットして映画鑑賞を開始。


フレッド・マイラーによるオープニングのテーマ音楽、小学生時代から馴染みのあるメロディに、いきなり涙が。。。


『ロリ・マドンナ戦争』オープニング


こんなにワクワクして映画を観るのはいつ以来だろうか。。。


以下に、映画『ロリ・マドンナ戦争』に関連するトピックを書き記します [注意:ネタバレ満載の内容です]

1. 映画『ロリ・マドンナ戦争』


解説(Wikiより引用)

『ロリ・マドンナ戦争』(ロリマドンナせんそう、Lolly-Madonna XXX、別名The Lolly-Madonna War)は、1973年のアメリカ合衆国のドラマ映画。 監督はリチャード・C・サラフィアン、出演はロッド・スタイガーやロバート・ライアンなど。 アメリカ合衆国南部の田舎を舞台に、いがみ合う二つの家庭が些細な人違いから起こした争いを描いており、実際にケンタッキー州で起こった事件を基に、スー・グラフトンが執筆した同名小説を原作としている。


あらすじ(Amazonより引用)


ナッシュビルに向かう途中、バスの乗り換えのために片田舎の停留所に降り立ったルーニー・ギル(シーズン・ヒューブリー)。いきなり彼女はピックアップトラックの二人組に拉致される。レイバン(ロッド・スタイガー)を家長とするフェザー家の仕業だった。フェザー家と隣接するガットシャル(ロバート・ライアン)の一家は土地を巡って激しく対立していた。

ルーニーをガットシャルの次男ルディの婚約者“ロリ・マドンナ"だと思い込み、土地と引き換えの人質にするため軟禁したフェザー家だったが、実はガットシャル家が偽の手紙でフェザー家の息子たちをおびき出すための罠だった。

だが、何の関係もない娘がフェザー家にいると知ったガットシャルは良心の呵責から助け出そうと考え、解放するように申し入れるが、敵対するフェザー家は全く聞き入れない。やがて、ガットシャル家の末娘シスター・E(ジョーン・グッドフェロー)がフェザー家の息子たちに強姦されたことから、ついに隣り合う二つの家族は血で血を洗う全面戦争に突入する。。。


予告編

監督:リチャード・C・サラフィアン
出演:ロッド・スタイガー, ロバート・ライアン, ジェフ・ブリッジス, スコット・ウィルソン, シーズン・ヒューブリーほか



Amazonのレビューは4.0です。

公開当時は決して興行的に成功した作品ではありませんでした。

「実際にケンタッキー州で起こった事件」というのは、1878年から1891年のハットフィールド家とマッコイ家の抗争を指しています。


70年代のアメリカン・ニューシネマと言えば、『俺たちに明日はない』『イージー・ライダー』が代表作です。


が、個人的には、『ダーティ・メリー・クレイジー・ラリー』『ダーティハンター』といったマイナーな映画のほうが印象に残っています。


『ダーティ・メリー・クレイジー・ラリー』

『ダーティハンター』


そして、この『ロリ・マドンナ戦争』も、アメリカン・ニューシネマを代表する映画です。


監督は『バニシング・ポイント』のリチャード・C・サラフィアン。


出演している俳優は、ロッド・スタイガー, ロバート・ライアンといった当時の大物俳優から、ジェフ・ブリッジス(『ラスト・アメリカン・ヒーロー』), ゲイリー・ビジー(『ビッグ・ウェンズデー』)といった若手俳優まで、錚々たるメンバーです。


ヒロイン役のシーズン・ヒューブリー(当時22才)は、この映画がデビュー作、当時日本の化粧品CM(カネボウ)にも出演するなど、一躍有名になりました。


シーズン・ヒューブリー


余談ですが、シーズン・ヒューブリーはカート・ラッセル(ジョン・カーペンター監督の映画に数多く主演)の元奥さんだそうでビックリです。


[注意:以下ネタバレ満載の内容]

2. フェザー家とガットシェル家

映画のオープニングは、フェザー家とガットシェル家の写真スライドで始まります。

フェザー家

時代はベトナム戦争が泥沼化しつつあった1969年、原作(ベトナム戦争前)とは微妙に異なっています。


4男ザックの元妻ライダー・ジョーのポートレート、彼女は落馬で命を落としてしまいました(それが抗争の遠因という伏線)。


ガットシェル家(1972年)、男4人と女1人の兄弟です(長男はベトナム戦争に徴兵されてすでに戦死)。

ガットシェル家

この映画の登場人物は非常に多いのですが、両家の家族構成は以下のとおりです(Amazonのカスタマーレビューから引用)。

フェザー家
父親レイバン(ロッド・スタイガー)
母親チキー(キャサリン・スクワイアー)
長男スラッシュ(スコット・ウィルソン)
次男ホーク(エド・ローター)
三男フィンチ(ランディ・クエイド)
四男スカイラー(ティモシー・スコット)
五男ザック(ジェフ・ブリッジス)

ガットシャル家
父親パップ(ロバート・ライアン)
母親エルスパス(トレサ・ヒューズ)
長男ヴィラム(ポール・コスロ)
次男ルディ(キース・マーティン)
三男セブ(ゲーリー・ビジー)
長女シスター・イー(ジョアン・グッドフェロー)

1時間40分の尺の映画に登場する若者が10人というのは、さすがに多過ぎで、全員の人物描写には限界がありますが、それでも、映画は登場人物の個性を可能な限り丁寧に描いていると思います。

映像がセピア色からカラーに変わり、本編が始まります。


この映画の舞台であるテネシー州の片田舎の情景は、カルチャーショックな究極のド田舎。

ガットシェル家の建物

フェザー家の建物

どちらの家も凄まじいばかりのボロ家で、ここに大家族で身を寄せ合い住んでいます。



何しろ、電話も通じていなければ、舗装道路もなく、家は質素そのもの、冷蔵庫やTVはあるので電気は通っているものの、車はシボレーの究極のボロトラック、登場人物もおそらくこの片田舎から出たことがないに違いありません。


1970年代のアメリカの田舎は、これほどまで都会文化から隔離されていたのかと驚きます。

実際どうだったのか調べて見ると、1975年には全農場の90%が電話を持ち、98.6%が電気を持っていたそうなので、設定は必ずしも架空ではないことがわかります。

そんなド田舎に住んでいるフェザー家(5人の息子)とガットシャル家(3人の息子と一人娘)の若者たち(と拉致された女性)の合計10人の人生ドラマでもあるので、これは青春映画とも言えます。

3. 人違い誘拐

蒸留所の見張りをしていたフェザー家の次男ホークが、長男のスラッシュと一緒に車でバス停に偵察に出かけるところから物語は始まります。

次男ホーク

実は、ガットシェル家の息子たちがでっち上げた偽のラブレター(ロリマドンナというルディの婚約者がバス停にやって来る)に引っ掛かったのです。

ガットシェル家の3兄弟
左から三男セブ、次男ルディ、長男ヴィラム

ロリマドンナという架空の女性がバスで来るわけもないのですが、偶然にもメンフィス行きのバスの乗り継ぎでルーニー・ジルという女性がひとりバス停に降り立ちます。


映画のヒロインの登場です。

ルーニー・ジル(シーズン・ヒューブリー)


でっち上げのレターにすっかり騙されたホークとスラッシュは、ルーニーをロリマドンナと信じて、彼女を拉致してしまいます。


まんまと偽のレターに騙されている隙に、ガットシェル家の3兄弟は、フェザー家に奪われた豚を1頭奪い返し、ついでに蒸留所をメチャクチャに壊してしまいます。


場面が変わり、フェザー家


家族全員で「おまえはロリマドンナだ、白状しろ」と強要されますが、ルーニーは全くの人違いだと反発。


婚約者を拉致してきたことに(妻も含めて)誰も異議を唱えないのは不思議ですが、有無を言わせない父親の絶対的な権限が伝わってきます。

フェザー家の父親レイバン

ちなみにフェザー家の兄弟たちに届いたベトナム戦争への召集令状を、ことごとく無視という父親レイバンの頑固さはハンパないです。

五男ザックには、かつてライダー・ジョーという気立ての良い妻がいましたが、乗馬中に落馬の事故で死亡してしまいました。

五男ザック

ザック演じる若き日のジェフ・ブリッジス、さすがイケメンですね。

四男スカイラーは、ガットシェル家の長女シスター・イーと恋仲。家族同士がいがみ合う以前からの付き合いのようです。

四男スカイラー

三男フィンチは、知恵遅れのように描かれています。

三男フィンチ

フェザー家の5人兄弟のなかでは、長男スラッシュと次男のホークが血の気が多く好戦的、実際ルーニーを拉致してきたわけです。

長男スラッシュ

場面が変わり、今度はガットシェル家


こちらは車もモダン、家の中も質素ですがフェザー家よりは明らかに裕福

ベトナム戦争で戦死した長男

ボロいですがTVもあります


フェザー家とガットシェル家の確執は、フェザー家の代々引き継がれてきた土地を、ガットシェル家が競売で購入したのが発端でした。


フェザー家の父親レイバンは、如何に正当な形であろうと、先祖代々の土地をガットシェル家に奪われたことを恨みに抱いているのです。

ガットシェル家の父親パップ

フェザー家に偵察に行くようにパップに命令された長男ヴィラムは、確かに見知らぬ女性が拉致されているのを確認しますが、家の外に出てきたスラッシュに不意打ちで頭に怪我を負わせて逃げます。


頭の怪我を母親が糸で縫合するシーンに続いて、三男フィンチに八つ当たりしたスラッシュが、その後フィンチに優しく詫びるところでは、残忍なフィンチにも知恵遅れの弟への優しい一面が垣間見えます。


このように、登場人物はみな、野蛮さと素朴な優しさを兼ね備えているところは、アメリカのド田舎育ちの影響なのか、作品に深みを与えています。

ルーニーがザックと一緒に井戸の水で顔を洗うシーンでは、ルーニーは美人というより華奢な少年のようです。


スカイラーに連れられてリンゴの木から実を取って食べるシーン


目前に拡がる田園風景を指して、スカイラーは「あれが争いの元の土地だ」とルーニーに話します。


ごくありふれた田園風景ですが、人間同志の醜い争いと、自然の営みの対比が際立つシーンですね。

4. 暴力の連鎖

ホークは、ルーニーの旅行カバンの中身を勝手に開けて、女性用の下着を身に着けてスラッシュとふざけています。


スラッシュもホークも結婚適齢期はとうに迎えていると思うのですが、こんなド田舎に住んでいては女性の出会いとはまるで無縁なのでしょう。


ガットシェル家の長女シスター・イーが、フェザー家の敷地にこっそりと侵入してスカイラーに遭いに来たところをスラッシュとホークに運悪く見つかってしまいます。


女性の下着で下ネタで盛り上がっていたスラッシュとホークは、その勢いもあり、あろうことかシスター・イーを輪姦してしまいます。


心に傷を負ったシスター・イーは、母親チキーに慰められますが、母親の話は、レイプされたことより、結婚初夜に夫に性行為を求められたことに対しての話が中心なところが時代を反映していますね。


娘をフェザー家の姉妹に輪姦されたと知ったパップは、シスター・イーを連れてフェザー家に乗り込みます。


ガットシェル家のバップがレイプされた娘を引き連れてフェザー家を訪ねるシーンですが、レイバンは、息子たちに「さっさとお客に椅子を出せ」と怒鳴るシーンがあります。


感情的ですぐにカッとなるレイバンですが、かつては仲良く暮らしていたガットシェル家が訪ねてきたときの丁重な対応に、レイバンの善良な一面を垣間見ることができます。

パップが要求した謝罪と条件(輪姦犯人の懲罰、農地の譲渡、娘の解放)は、レイバンには到底受け入れられるものではありませんでした。


息子たちがシスター・イーを輪姦したことを知ったレイバンは、トラッシュとホークの仕業と確信して詰め寄りますが、二人は悪びれることもありません。


一方、ルーニーは、ザックと徐々に”いい関係”になっていきます。ルーニーに、亡き妻の赤い服を着せたのも影響しているのでしょうか。


ザックは元妻との思い出をルーニー語っているうちに打ち解けます


ルーニーにも笑顔が


二人には愛が芽生えます

5. 戦争突入

一方、パップに事実上の宣戦布告を突き付けられたレイバンは、頭に血が上り、息子たちにガソリンを準備させるなど、臨戦態勢に入ります。


このあたりから、人質のルーニーの存在はあまり関係なく、映画の主題は二つの家族の抗争激化に移行します。


因縁の土地を挟んで両家が一触即発の状況に


フェザー家が土地に火を放ち、奪った豚を焼き殺そうとします


激しい銃撃戦の火蓋が切って落とされます


ルーニーは半狂乱になって飛び出してしまう


ガットシェル家の母親エルスパスがトラッシュに狙撃されてしまう


エルスパス絶命


ルディも流れ弾で重傷を負う


スカイラーは、すべてはトラッシュのせいだと責める


トラッシュは、かつて父に自分の馬を殺された過去を吐露します


トラッシュは馬好きだったのですが、ザックの元妻ライダー・ジョーが落馬して死亡したときに、逆上したレイバンがトラッシュの馬をすべて撃ち殺してしまったのでした。

ライダー・ジョーの事故死がきっかけで、レイバンは偏屈になり、ガットシェル家との確執が生まれたのでした。

6. 更なる惨劇へ

妻を殺されたパップですが、書類を確認して死亡時の保険金は2000ドルの支払いだとか、さっそく金勘定をしています。


最愛の妻を奪われたという悲壮感は伝わってきません。ガットシェル家が比較的裕福なのも、パップのこの冷酷さ故にでしょうか。

一方、レイバンは、エルスパスを狙撃して死なせたトラッシュと激しい口論になり、殴る蹴るの暴行を加えます。


そしてついに、家族全員の目の前で、トラッシュを殺してしまいました。


死んだトラッシュを前に、悲嘆に暮れている息子たちに「埋めてやれ」と呟きます。

成人男子4人がいたにも関わらず、父親が実の息子をなぶり殺しにするのをただ傍観するしかない。。。という異常な光景なのですが、それだけ父親の権力と狂気が家族を支配していたのでしょう。


実の息子を殺めたレイバンは、黙々とサンドイッチを作ることに専念し始めて、完全に正気を失ってしまいました。

最愛の兄を失ったルディは、もう生きていくことができないとザックに伝えます。


ザックの傷は悪化して、もはや起き上がることもできません。看護をするルーニーに対して、「こんなに女性に優しくしてもらったのは生まれて初めてだ」と感謝を伝えます。


そこに、ガットシェル家のセブが、ガットシェル家が襲ってくるのを事前に警告すべく単身でフェザー家に乗り込んできました。


家族間の抗争にホトホト嫌気がさしたスカイら―は、ひとりで車で家を去ることに


ところが。。。外に待ち構えていたガットシェル家によってスカイら―は射殺されてしまいます




銃声を聞いてセブが「俺は何も知らない」と身の潔白を訴えたものの、まさかの母親チキーによってその場でいきなり射殺されてしまいます。


驚いたザックは、「なぜ殺したんだ?人質にできたのに」といたって冷静


正気を失ったレイバンは黙々とサンドイッチを作るのみ。。。


母親の仇討ちを果たすべくフェザー家に忍び寄るガットシェル家のパップ、ヴィラム、ルディ


パップは、「娘(ルーニー)を解放すればすべて許す」と叫びますが、それは罠であるのは間違いありません。

おそらく、無実のルーニーを解放したら、フェザー家を皆殺しにする算段だったのでしょう。

自分が標的だと悟ったザックは、自らの意志で外に出ますが、その途端射殺されてしまい、舞台はますます修羅場と化します


これまで最も平和主義者と思われたザックが豹変、ヴィラム、ルディと次々と射殺


ここはサム・ペキンパーの影響を受けたスローモーション撮影


娘をレイプされ、妻を殺され、ついには息子二人を目の前で射殺されたパップの哀憎混じった表情


「もう好きにしろ」と現実逃避とも思える表情で外を眺めるレイバン


救いようのない結末で映画は終わりを迎えます

冒頭と同じような昔の写真のスライドが再び

ガットシェル家の5人兄弟(長男含む)

両家の仲が良かった時代の写真も

スカイラ―(フェザー家)とシスター・イー(ガットシェル家)

ホークとスラッシュ

スカイラ―とザック

スラッシュと愛馬

人間同志の醜い争いをよそに、自然の風景は変わらない


音楽はフレッド・マイロー


事態がここまで悪化する前に、警察や保安官が介入できなかったのか?という素朴な疑問が残りますが、それは現代の都会の常識でしかなかったのでしょう。

以下まとめます。

応酬の経緯
1. 豚の強奪(フェザー家)
2. 豚(1頭)の奪還と蒸留所の破壊(ガットシャル家)
3. スラッシュ強襲(ガットシャル家)
4. シスター・イー輪姦(フェザー家)
5. 農地への立ち入り禁止札設置(ガットシャル家)
6. 農地と豚への放火(フェザー家)
7. 銃撃戦(両家)
8. エルスパス射殺(フェザー家)
9. ホーク重傷(ガットシャル家)
10. スカイラー射殺(ガットシャル家)
11. セブ射殺(フェザー家)
12. ホーク射殺(ガットシャル家)
13. ヴィラム射殺(フェザー家)
14. ルディ射殺(フェザー家)

さて、どちらの家のほうが悪かったのでしょうか??

留意すべき点は、「シスター・イー輪姦」を除いて、すべての応報の指令は、両家の父親でした。

つまり、このロリ・マドンナ戦争は、レイバンとパップという、意地と偏屈の塊のような家長同士の代理戦争で、巻き込まれた家族は犠牲者だったのです。

ベトナム戦争が、当時の二大国アメリカとソビエト連邦の代理戦争だったという共通点を見だすのは、やや深読み過ぎでしょうか。。。

フェザー家
父親レイバン
母親チキー
長男スラッシュ:死亡(レイバンにより撲殺)
次男ホーク:死亡(ヴィラムにより射殺)
三男フィンチ
四男スカイラー:死亡(パップとヴィラムにより射殺)
五男ザック

ガットシャル家
父親パップ
母親エルスパス:死亡(スラッシュにより射殺)
長男ヴィラム:死亡(ザックにより射殺)
次男ルディ:死亡(ザックにより射殺)
三男セブ:死亡(チキーにより射殺)
長女シスター・イー

この作品を、ルーニーの回顧録と見なすと、少なくともルーニーは生き延びたことになりますが、あとの登場人物は??

終盤の展開は、もはやルーニーはまるで関係ないですが、彼女は我々現代人の「眼」の役割を果たして、人間同士のおぞましい殺戮を目撃しているのではと思います。

アメリカン・ニューシネマらしく、悲劇のエンディングを迎え、『ロミオとジュリエット』のような一抹の救いはここにはありません。

しかし、なぜだろうか。。。映画を観終わって「家族愛」や「兄弟愛」といったノスタルジックな雰囲気を感じてしまうのは。

田舎者ザックが都会人ルーニーに「知りたいことは全部ここにいてわかる。この家族が大好きなんだ」というセリフが、いつまでも心に残ります。

いやはや。。。この映画は、なかなかのカルト的な傑作だと思います。

7. 『ロリ・マドンナ戦争』のDVDソフト

私が最初にこの映画を知ったのは、40年以上昔、まだ小学校6年生でした。


Wikiによると、初回放送は1978年1月27日『ゴールデン洋画劇場』とのことで、夜9時からTVを観ようとしたら、なぜか母親に咎められてしまいました。


まあ、邦題も意味深な上に、レイプシーンもあるバイオレンス映画なので、小学生の母親としてはムリもない当然の判断でした。。。


で、せめて映画のオープニングだけでも見せてくれと懇願し、唯一記憶に残ったのが、オープニングに流れる印象的なテーマ音楽でした。


哀愁を帯びた美しいテーマ音楽は、屈指の傑作だと思います。


『ロリ・マドンナ戦争』テーマ音楽

あれから40年あまり。。。『ロリ・マドンナ戦争』は、そのテーマ音楽と共にずっと記憶に残り、いつかは映画の全編を観たいと思っていました。


この映画は、なぜか長年ソフト化されたことがなかったのですが、2014年にアメリカで発売されたのを皮切りに、2017年に日本国内でもワーナーのアーカイブ・コレクションシリーズのDVDが発売されました。


DVDは発売後あっという間に廃盤になってしまい、しばらくは中古品が4000円以上の高値で取引される状況が続きましたが、今年(2021年)の4月ごろに2000円を切るまでに価格が下落しました。



価格が下落したのを機に、ついにDVDを入手しました。




DVDは、映像はシネスコ、音声が英語オリジナル(モノラル)、日本語の字幕のON/OFFが切り替えられるようになっているだけの極めてシンプルなものです。


画質は可もなく不可もなし、1973年の映画にしてはまずまずというところでしょうか。

(2021年9月12日 追記)
アメリカン・ニュー・シネマの傑作をもう一度観たくなり、FOX100周年記念 傑作DVDパック『疾走アメリカン・ニューシネマ』という3枚組DVDの中古を入手しました。


『バニシング・ポイント』
『ダーティ・メリー・クレイジー・ラリー』
『ラスト・アメリカン・ヒーロー』

3作ともカーチェイスが主題の70年代のアメリカン・ニュー・シネマです。

『バニシング・ポイント』は、『ロリ・マドンナ戦争』と同じリチャード・C・サラフィアン監督、バニシングが英語の "vanishing" だと初めて気付いた

『ダーティ・メリー・クレイジー・ラリー』は、『ダーティハンター』や『イージー・ライダー』と同じくピーター・フォンダが主演

『ラスト・アメリカン・ヒーロー』は、これまた『ロリ・マドンナ戦争』と同じジェフ・ブリッジス、ゲーリー・ビジー、エド・ローターと、同じキャストが3人も!

いろいろ共通点が多くて嬉しくなってしまいました。

(2022年1月19日 追記)
当時の貴重なパンフレットもメルカリで入手しました。


昭和48年11月3日発行(東宝株式会社事業部)の冊子です。

8. 『ロリ・マドンナ戦争』原作

スー・グラフトンの原作『ロリ・マドンナ戦争』も日本語翻訳され出版されていので読みました。


フェザー家は、アメリカ先住民族との混血と思われ、先祖伝来の土地にこれほど固執する理由が良くわかりました。

また、彼らの名前がすべて鳥に由来することもわかりました。

父親レイバン
母親チキー:ヒヨコ
長男トラッシュ:ツグミ(映画ではスラッシュ)
次男ホーク:タカ
三男フィンチ:スズメ
四男スカイラー:ヒバリ
五男コック:メンドリ(映画ではザック)

長男トラッシュが30才、五男コックが20才(結婚したのは18才)

ルディとスカイラーが幼馴染みの親友関係であることや、両家の確執は9年間も続いていることは新しい発見でした(ルディとスカイラーの関係は、映画では冒頭の写真を良くみるとわかる程度です)。

ルディ(ガットシェル家)とスカイラー(フェザー家)

映画は原作に比較的忠実に作られていますが、ラストの銃撃シーンは、ホークが撃たれるところで原作は終わり、墓標という索引部分で読者は誰が犠牲になったかを知ることになります(映画とは犠牲者が異なる)。

他に大きな違いは、
  • ルーニー拉致後の処遇(原作では縄で手首を縛られ暴力を受ける)
  • ザックの元妻ライダー・ジョーの死因(原作では馬は登場しない)
  • セブがフェザー家に警告に訪れたあとの顛末
  • スカイラーとシスター・イーの関係(原作では恋仲ではない)
あたりでしょうか。

原作も、多くの登場人物をしっかりと把握していないと、スラスラと読み進めることはできません。


ガットシェル家がフェザー家の家族を皆殺しにする決断に至った心情などは、原作を読んだほうがより説得力があります。

そして、何よりも原作が素晴らしいのは、テネシーの秋の農村地帯の自然を見事に描いていることです。

『ロリ・マドンナ戦争』は、アメリカン・ニューシネマの作品のなかでも、ひときわ印象に残る作品です。

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