[男らしさの呪縛に向き合う男性たち] 『たてがみを捨てたライオンたち』(白岩 玄)

 

白岩 玄の『たてがみを捨てたライオンたち』(2020年)を読みました。



小説は普段はあまり読まないのですが、これはなかなか面白かったので、以下に簡単に紹介します(太字は本文より引用)。

1. たてがみを捨てたライオンたち

『たてがみを捨てたライオンたち』(2020年)の著者である白岩 玄は、1983年京都府生まれ。

2004年「野ブタ。をプロデュース」で第41回文藝賞を受賞しデビュー。同作は第132回芥川賞候補作となり、テレビドラマ化されました。


以下はAmazonの紹介文の引用です。

男らしさは、もう、いらない。
僕らが選ぶ、新しい生き方とは?
話題沸騰 語られてこなかった「男の本音」と向き合った、新時代の物語。

仕事のできる妻が妊娠、家事が得意な自分が専業主夫になるべきか悩む会社員の直樹。

離婚して孤独を持て余し、人生に虚しさを覚える広告マンの慎一。

アイドルオタクを楽しみながらも、モテない自分の人生に不安を感じている公務員の幸太郎。

それなりに働いている「大人の男」なのに、モヤモヤするのはなぜだろう。三人のアラサー男性を通して、現代男性の本音とこれからの生き方を描く新しい物語。

(引用おわり)

この本を読むきっかけは、読売新聞(2022年7月23日)の朝刊で作者が紹介されていたからでした。

読売新聞(2022年7月23日)の朝刊(17面)

記事の内容は、著者が育児と家事をしながら仕事をするうえでの「父親のありかた」についてがテーマでした。

『たてがみを捨てたライオンたち』は、著者の最新作『プリテンド・ファーザー』の前作となります。

2. 所感

登場する3人の男性は、みな、「男性らしさ」を失ってしまう(もしくは失ってしまった)ことにコンプレックスを持っています。

ここで「男性らしさ」とは、仕事をバリバリやるとか、しっかり稼ぐとか、女性をグイグイ引っ張るとか、そういう世間の男性イメージ像ですね。

そのイメージ像に沿わない立場に追いやられてしまうと、男性としてのプライドを傷つけられ、自信をなくして、将来も不安に感じてしまう。

しかし、「男性らしさ」をムリして堅持すると、仕事優先で家庭を顧みない、とか、妻に対して威圧的になる、とかそういうことも起こります。

話は脱線しますが、この「男性らしさ」をムリにという話は、ロックバンドのボストンの80年代の名曲「ア・マン・アイル・ネバ―・ビー」を思い出します。

Boston - A Man I'll Never Be

If I said what's on my mind
You'd turn and walk away
Disappearing way back in your dreams
It's so hard to be unkind
So easy just to say
That everything is just the way it seems

ぼくが思っている事を言ってしまったら
きみは去ってしまうのだろうね
きみの夢に戻る道筋が消えていく
冷たくするのは辛い
言うだけなら容易い
全て見た通りなんだよってね

You look up at me
And somewhere in your mind you see
A man I'll never be

ぼくを見上げるきみの目
その先にはぼくには見えない
ぼくはその人にはなれないよ

話を小説に戻して。。。

直樹は、会社でラインから外れて部署異動になってしまい、妻からは主夫になってほしいと言われてしまいます。

「家族との時間を犠牲にしても、大きな仕事を成すために己のすべてを注ぎ込んでいる仕事人間。本音を言えば、自分もそういう生き方がしたかった」

慎一は、バツイチですが、独身を謳歌することにも無気力で、刹那的に日々を送っています。

行き着けだったバーのマスターの死をきっかけに、離婚した妻と再会、それを機に破綻した過去の夫婦関係に正面から向き合って、生きていくことを選択します。

幸太郎は、筋金入りのアイドルオタクで、モテない人生から逃げていることに自分で薄々気付いており、何とか自分を変えようともがいています。

「僕、アイドルオタクの本質って、逃避だと思っているんです。沼島さんの場合は、本当は可愛い女の子に自分を好きになってほしいけど、それが叶わないからアイドルに逃げているわけでしょ?」

3人の主人公男性の悩みには、女性との関係(夫婦、離婚相手、友人、職場の同僚、妹)が深くかかわっています。

「男の人は女の人の苦しみを軽く考えているんです。知識としてわかっているつもりでも、深刻な問題としてとらえていない」

小説では、慎一の両親の熟年離婚や、独身女性の結婚願望(+子供を持ちたいという願望)も大きなウェイトを占めています。

少しネタバレをしてしまうと、3人の物語は淡々と進み、大きなどんでん返しや思わぬハッピーエンドにはなりません。

あくまで現実的な日常が繰り返されるという。。。

しかし、彼らは、「男性らしさ」に固執することが、「男と女の溝」を埋める障壁になっていることを徐々に悟ります。

その悩みながらもがき苦しむ姿は、(自分も含めた)現代人を象徴していて、読んでいて深く共感してしまいました。

無意味とは思いつつも、世間体や身に沁みついた慣行から、「男性らしさ」や「女らしさ」にどうしても固執してしまう現代人の悩みというものを鋭く描いている本作品は、とても読みやすく、おススメの一冊です。

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