ハイレゾディスクで聴くプログレッシブ・ロック(King Crimson, Pink Floyd, Yes, EL&P)



「プログレッシブ・ロック2015」というムック本が最近刊行されました。「プログレ四天王の今」と副題がついていて、プログレマニアとしては買わないわけにはいきません ^_^;

「プログレッシブ・ロック2015」

「プログレッシブロック2015」(http://www.amazon.co.jp/dp/4401641140)には、その四天王バンドの最近の活動やリリースされたアルバムについての紹介や、バンドメンバーのインタビューなど読み応え十分な内容になっています。

よい機会なので、以下にプログレッシブロックの名盤のハイレゾディスク(SACD/DVDオーディオと、マルチチャンネルという観点から)を紹介します。ハイレゾで聴くプログレッシブロックの面白さを少しでも多くの方に伝えることができればと思います。


0.プログレッシブ・ロックとは


プログレッシブ・ロック(通称プログレ)とは、1970年代にイギリスを中心に一大ブームを巻き起こしたロックのジャンルを指すもので、代表的なバンドでは、

キングクリムゾン(King Crimson)
ピンクフロイド(Pink Floyd)
イエス(Yes)
エマーソン・レイク・アンド・パーマー(EL&P)

のプログレ四天王に、

ジェネシス(Genesis)

を加えて5大プログレバンドと呼ばれることもあります。
ジェネシスはフィルコリンズがバンドの主導権を握ってからは急速にプログレからポップス路線へ変わったので、典型的なプログレバンドとは言えないかもしれません。

プログレの特徴として、従来のロックの表現を越えて、クラシックやジャズとの融合を目指した前衛的もしくは先進的(プログレッシブ)な音楽と定義されています。

バンド活動の最盛期は1970年から1980年代で、その後は解散や再結成を繰り返していますが、その後の音楽界に与えた影響は大きく、プログレッシブロックというジャンルは現在でも根強い人気を誇っています。

私自身も、学生時代に洋楽を聴いているうちに、プログレッシブロックに傾倒するようになり、そこからクラシック音楽にのめり込んだ経緯があり、プログレッシブロックには格別の思い入れがあります。

そのプログレッシブロックですが、音作りやオーディオ的にも常に時代の先端を行くものでした。

振り返れば、ハイレゾという言葉も登場していなかった2000年代初頭に、スーパーオーディオCD(SACD)とDVDオーディオという次世代音楽ディスクの規格争いが熾烈だった時代から、プログレッシブロックの名盤は常に次世代フォーマットの代表的なコンテンツとして注目を集めてきました。

以下にハイレゾディスク(つまりSACD/DVD-Audio盤)のリリース時系列順にプログレッシブ・ロックの名盤を紹介します。


1. イエス「こわれもの」(Yes/Fragile)



ワーナーミュージックが牽引するDVD-Audio陣営から2002年にリリースされたのが、こちらのイエスの代表作の一つである「こわれもの」です。

イエスの「こわれもの」はバンド4作目で1971年にリリースされたものです。バンドはここから飛躍的な進歩を遂げて、上記ピンクフロイドの「狂気」と並んでプログレッシブロック最高傑作とされる5作目の「危機」をリリースします。

「こわれもの」は次作の「危機」よりも作品の緻密性や完成度は及ばないものの、親しみやすいメロディーとドラマチックな曲展開という点でやはりイエスの最高傑作のひとつであることは間違いありません。ボーカルのジョン・アンダーソンの透明な高い声は一度聴くと虜になるほど素晴らしいです。

1曲目の「ラウンドアバウト」は導入部のアコースティックギターに始まり、美しいボーカルのコーラスとシンセサイザーが印象的な名曲です。また、最後の「燃える朝焼け」は、ハードな導入部を経て静と動が対照を成すジョンアンダーソンのボーカルが天国的に美しい名曲です。

マルチチャンネル音源はこちらもかなりサラウンド効果バツグンの音作りとなっています。三曲目「天国への架け橋」から4曲目「南の空」へ移るところの足音が部屋中をぐるぐる駆け巡るところなどは派手に作られており、またマルチチャンネルによる楽器音のセパレーションが優れているので、ステレオ再生では隠れていた効果音や微弱音などがはっきりと聴き取れます。

DVD-Audio版は、96kHz/24bitのステレオとマルチチャンネルの音源が収められており、SACDにはないDVD-Audio規格の特徴として、バンドのフォトや歌詞など多彩なマルチメディア機能が含まれています。5.1chのリミックスはプロデューサーのティム・ウェイドナーの手によるものです。

残念ながら本盤はDVD-Audio規格の衰退とともに廃盤となってしまい入手困難ですが、同じマスターでPCMからDSD変換したものがハイブリッドSACD盤としてその後同じワーナーからリリースされています。


2. ピンク・フロイド「狂気」(Pink Floyd/The Dark Side Of The Moon)




もはや説明する必要もないピンク・フロイドの最高傑作であり、おそらくプログレッシブ・ロックを代表する名盤です。

1973年にリリースされて以来、ビルボードのチャートに30年以上ランクインされたというギネス記録を持っています。イギリスにおけるアルバム売上枚数は歴代8位、アメリカでも1973年に最も売れたアルバムという記録を持っています。

1974年には当時商用実験的だった4chミックスのLPがリリースされました(アランパーソンズによるQuad Mix)。作品そのものが製作当時からサラウンド効果を意識したものであったようです。

2003年に30周年版としてリリースされたSACD盤は、長年ピンク・フロイドのサウンドエンジニアであったジェームス・ガスリーによるSACDマルチチャンネルのリミックスが素晴らしい出来栄えで、現在でも数多くのSACDマルチチャンネルソフトのなかでも最高レベルのクオリティを誇っています。

「走り回って」ではシンセサイザーを駆使した音作りに爆撃機のサウンドエフェクトが効果的に使われており、マルチチャンネルではそのスペクタクルを満喫できます。またその後の「タイム」で大量の目覚まし時計がけたたましく鳴り響くシーンなどは、マルチチャンネルならではの臨場感を味わうことができます。

このような効果音を曲中もしくは曲間に積極的に用いる手法は、その後のロック音楽界にも大きな影響を与えていると思います。例えば、80年代に最もヒットしたハードロックバンドのデフ・レパードの代表作「ヒステリア」では、この「狂気」に似たサウンドエフェクトが多用されて効果を上げています。

リマスタリングの音質は、単にマルチチャンネル効果を狙っただけではなく、無数のオーバーダビングを繰り返して創られたとは信じ難いほどクリアなサウンドとなっています。

実はこのSACDとは別に、アランパーソンズのQuad Mixの音源は、以前から違法な形でネットで配布されていました。そちらの音源はDVD-Audioフォーマット(96kHz/24bit)で、4.0chと4.1chの異なるバージョンが存在します。誰が配布したのか、驚くことにDVD-Audioパッケージカバー用の画像ファイルまでご丁寧に配布されています。ひょっとして以前は販売されていたものなのでしょうか。。。?

「狂気」Quad Mix DVD-Audioのパッケージカバー

ちなみにこちらのQuad Mixは、SACDよりもアナログライクな音作りとなっており、如何にも70年代の4chミックスのLPを彷彿とさせます。ひょっとしたら、当時のマルチトラックにほとんど手をかけずにデジタル化したものかもしれません。


3. エマーソン・レイク・アンド・パーマー「恐怖の頭脳改革」(EL&P/Brain Salad Surgery)



キーボードのキース・エマーソン、ベースのグレッグ・レイク、そしてドラムスのカール・パーマーというロックバンドとしては異色の3人組によるエマーソン・レイク・アンド・パーマー(EL&P)の1973年発表の代表作です。おどろおどろしいジャケットは、その後映画「エイリアン」で有名になるH・R・ギーガー氏によるデザインです。

記憶ではこのDVD-Audio版は国内版は発売されず、輸入版(Rhinoレーベル)のみが当時(2001年頃)入手可能だったと思います。この盤もイエスの「こわれもの」同様、192kHz/24bitのステレオと、スティーブ・ウィルソンが手掛けた96kHz/24bitのマルチチャンネルの音源が収められています。

アルバムはイギリス典型的なイギリスの讃美歌「エルサレム」から始まり、2曲目は一転、現代音楽作曲家のヒナステラの「ピアノ協奏曲第一番」の第4楽章をアレンジした過激なハモンドオルガンの音色に仰天とさせられます。そして3曲目はまたまた一転、ど真ん中バラードの「スティル...ユー・ターン・ミー・オン」、そしてパロディのようなふざけた曲「用心棒ベニー」と曲調は七変化します。

ちなみにそのヒナステラの「ピアノ協奏曲第1番」の第4楽章はこちらです。

ヒナステラ「ピアノ協奏曲第1番」第4楽章

しかしなんといってもこのアルバムの真骨頂は、続く5曲目以降の「悪の経典#9」にあります。パイプオルガンの不穏なイントロから始まるこの大曲は、ロックのリズム感とクラシックの複雑な曲構成の融合の典型的な成功例です。キース・エマーソンの超絶技巧的なピアノテクニックと、グレッグ・レイクのボーカルの上手さ、そしてカール・パーマーのこれまた超絶技巧的なドラミングが堪能できます。

ちなみに、この「悪の経典#9」は、日本の弦楽四重奏団「モルゴーア・クアルテット」が見事にアレンジした演奏がネットでも見ることができます。

「モルゴーア・クアルテット」による「悪の経典#9」

この「恐怖の頭脳改革」のDVD-Audioも廃盤となり現在は入手が困難ですが、同じマスターでPCMからDSD変換したものがハイブリッドSACD盤として2009年にユニバーサルからリリースされた「恐怖の頭脳改革デラックスエディション」の3枚組のなかに含まれています。ただしこのハイブリッドSACD盤は、おまけ的に紙に無造作に封入されているという摩訶不思議な仕様でリリースされています。リマスターのCDなんかよりよほど価値があると思うのですが。。。
さらに不可解なことに、同梱のノートにはDisc3 DVD 5.1 mixと書かれているのに実際はSACDマルチが入っていることです。一体どういうことでしょうか。。。ちなみにこちらも今は廃盤のようです。

「恐怖の頭脳改革」デラックスエディション

さらに話がややこしいのですが、その後、2014年に「恐怖の頭脳改革40周年デラックスエディション」として再度DVD-Audioを含んでSony Musicからリリースされました。海外版は3枚組に対して国内盤は6枚組です。海外版の3枚目は、DVD-Audioなのですが、ステレオだけでマルチチャンネル音源は入っていません。その代わり、FLACのハイレゾ音源が入っている珍しい仕様となっています。こちらのリミックスは以前のスティーブ・ウィルソンではなく、最新キングクリムゾンのメンバーでもあるジャッコ・ジャックスジクが担当しています。

「恐怖の頭脳改革」40周年記念デラックスエディション

興味深いのは、冒頭に紹介した「プログレッシブ・ロック2015」というムック本のなかにキース・エマーソンのインタビュー記事が載っているのですが、キース・エマーソンはジャッコ・ジャックスジクという人物を全く知らないどころか、この40周年デラックスエディションについてもほとんど興味を示していないことです。つまり、このリマスタリング制作には、少なくともキース・エマーソン自身は全く関与していません。

さらに国内盤と海外版の「恐怖の頭脳改革スーパーデラックスエディション」(6枚組)には前述のジャッコ・ジャックスジクによるDVD-Audioのマルチチャンネル音源が収録されているようです。。。
「恐怖の頭脳改革」スーパーデラックスエディション

もう複雑すぎて付いていけません。。。 (´д`)


4. キング・クリムゾン「クリムゾン・キングの宮殿」(King Crimson/In The Court Of The Crimson King)



キングクリムゾンのデビューアルバムで、プログレッシブロック史上に残る名盤です。1969年発売当時、アルバムチャートの1位であったビートルズの「アビーロード」を蹴落としたとして有名になりました(真偽のほどは別として)。

プログレッシブ・ロックの特徴であるロックとクラシック、ジャズの融合の極致の世界が堪能できます。潰れたロックのダミ声に、ヴィブラフォンやフルートといった楽器による美しい旋律が織り交ぜられる物悲しくも独創的な音楽です。

4曲目の抒情的な「ムーンチャイルド」は、以前「バッファロー66」という映画でも使われていた印象的な曲です。この曲のスネアドラムやハイハットの鮮烈な音質を聴くと、以前のLPやCDからはびっくりするほど音質改善されています。

音楽性はともかく、オリジナルの音質はお世辞にもいい音とは言えなかった代物なのですが、2009年にデビュー40周年記念エディションがSACDではなくDVD-Audio規格(48kHz, 24bit)で発売されたときは、世間を驚かせました。なぜなら、DVD-AudioはSACDに規格争いで敗れた過去の規格と見なされていたからです。

しかし、そのDVD-Audioのリミックスによる音質向上効果は凄まじく、またスティーブウィルソンのマルチチャンネルトラックも完成度が高く、これまでの「クリムゾン・キングの宮殿」とは次元の違う音響効果を楽しめるようになりました。

このDVD-Audio版がリリースされた後にキングクリムゾンの名作は続々とリマスタリング版が発売されるのですが、すべてがDVD-Audio版となります。ジェネシスやEL&Pのリマスタリング版もDVD-Audioが中心にリリースされ、DVD-Audio規格はこの「クリムゾン・キングの宮殿」を起点に、完全に復帰したといえるでしょう。


5. ピンク・フロイド「炎~あなたがここにいてほしい(Pink Floyd/Wish You Were Here)



1975年にリリースされたピンク・フロイドの名作です。前作「狂気」が大ヒットしたあとですが、このアルバムもチャートは全米・全英第1位を記録しました。

叙情的なメロディが終始全体を覆うのは、このアルバムが、バンド設立時のリーダーであり、その後薬物中毒が原因で精神を病み、2006年に早世した故シド・バレットに捧げられたオマージュ作品であるからです。

音楽の才能にも風貌にも恵まれた人気者のシド・バレットというアーティストについては、私はほとんど知りませんが、以下の2枚の写真は、上が健康だったころのもの、下が精神を病んでこのアルバム作成中にアビーロードスタジオに突然現れたときの変わり果てた姿(バンドメンバーは最初誰も気付かなかったそうです)です。



第1曲の「狂ったダイヤモンド」というのは、もちろんこのシド・バレットを指しています。この曲ではディビッド・ギルモアの鳴きのギターが奏でるメロディは強烈に心に突き刺さります

以前WOWOWで放映されたピンク・フロイドのドキュメンタリーによると、デイビッド・ギルモアがふと思いついた4つの音が、シド・バレットを連想させたという偶然からこのアルバムは生まれたということです。
WOWOWで放映したドキュメンタリー

「狂ったダイヤモンド」の主題コードの4つの音

2011年にリリースされたSACD盤は、「狂気」と同じジェイムス・ガスリーがサラウンド・ミックスを制作しており、極めて高いレベルに仕上がっています。

オーディオ的に特筆すべきは、ボーカルが"remember when you were young..."と歌い出す直前のピークが当時のLPやCDでは必ずクリップしていたのが、このリマスター版では完全に解決されていることです。

タイトル曲の「あなたがここにいてほしい」は、アコースティックによるシンプルな曲ですが、マルチチャンネルで聴くと、導入部のテレビ音声が右のリアから、その後アコギのメインメロディがセンターからとはっきりと音声が分かれていて、マルチチャンネルテストのレファレンスにも使えてしまったりします。またこのアルバムはほぼすべての曲がギャップレスで繋がっているので、ギャップレス再生チェック用のレファレンスとしても重宝しています。^_^

実は、この「炎~あなたがここにいてほしい」も「狂気」同様、ネットでQuad Mix音源らしき音源が以前から出回っていました。面白いことに、「狂気」と違ってそのQuad Mixは、その後リリースされたSACD盤とかなり似通っているものでした。もしかしたらずっと以前からサラウンド・ミックスは完成されていたのではないかと思うほどです。

構成美の極致のような「狂気」よりも、この抒情的な「炎~あなたがここにいてほしい」のほうが個人的にはピンクフロイドの最高傑作ではと思います。


6. キング・クリムゾン「太陽と戦慄」(King Crimson/Larks' Tongue In Aspic)



1973年リリースのキング・クリムゾンの6作目。中期の大傑作といわれている理由は、その暴力的な表現と繊細で知的な音楽が見事に融和しているからだと思います。デビュー作の「クリムゾン・キングの宮殿」の幻影的なイメージはここでは薄れ、よりハード寄りな音作りになっています。

「トーキング・ドラム」から「太陽と戦慄パートII」に移行する部分のヴァイオリンを効果的に使った緊張感と、突如神経を逆撫でするような異音とその後のシビれるようなギターのリフは、このアルバムの聴きどころです。

キング・クリムゾンはプログレッシブ・ロック・バンドとしては異例なほど長期間活動しており、その進化は常に時代を先取りしています。キング・クリムゾンがプログレッシブ・ロックを開拓し尽くした結果、プログレッシブ・ロックというジャンルは終焉を迎えたとみなす人もいます。

2012年に発売された40周年記念エディションには、DVD-Audio(96kHz, 24bit)が同梱されており、スティーブウィルソンによるマルチチャンネル音源も収録されています。

7. エマーソン・レイク・アンド・パーマー「タルカス」(EL&P/Tarkus)



1971年に発売されたエマーソン・レイク・アンド・パーマーの2作目。すべてを破壊する想像上の怪物「タルカス」をテーマにした20分を超える組曲が中心のコンセプト・アルバムです。

個人的にはこのアルバムは物凄くカッコイイと思います。タルカスの組曲はスピード感に溢れたインストゥルメンタルですが、3人の驚異的な楽器テクニックを堪能することができます。

タルカス組曲以外にも、後半には「ジェレミー・ベンダー」や「限りなき宇宙の果てに」などちょっと小粒な洒落た小曲がオンパレードで、EL&Pが目指していたスーパーロックバンドであるけどどこか息を抜いたような個性が良く表れていると思います。

2012年にリリースされたDVD-Audio入りLimited Editionは、ステレオとマルチチャンネル音源を含んでいます。こちらもスティーブン・ウィルソンによるリミックスです。マルチチャンネルは「恐怖の頭脳改革」よりはずっと控えめにアレンジされています。恐怖の頭脳改革レベルを期待すると少し物足りないかもしれません。

同じ時期にエマーソン・レイク・アンド・パーマーのデビューアルバムも同じ仕様でLimited Editionが発売されています。

8. イエス「危機」(Yes/Close To The Edge)



1972年に発売されたイエスの5作目。ピンク・フロイドの「狂気」と並んでプログレッシブ・ロックの最高傑作として名高いアルバムです。

2013年にPanegyricレーベルからスティーヴン・ウィルソンのマスタリングによるマルチチャンネルを含み、DVD-Audio盤がリリースされました。

実はこのDVD-Audio盤が発売される直前に、Audio FidelityレーベルからSACD盤が発売され、また全く同時期にワーナー・ミュージック・ジャパンの独自規格としてこの危機を含むイエスの15枚組SACDボックスセット「High Vibration」が発売され、いきなり3種類のハイレゾ版「危機」がリリースされるという異常事態になりました。

結局蓋を開けてみれば、Audio FidelityのSACDと、ワーナー・ミュージック・ジャパンのSACDボックスセットはどちらもステレオオンリーということがわかりました。Audio Fidelityはこれまでもステレオのリマスタリングを堅実にリリースしていたので理解できるのですが、ワーナー・ミュージック・ジャパンのボックスセット(マスタリングは菊池功氏)は、販売価格の高さもさることながら、マスター音源の出所が明確でなく、どのような意図でリリースされたのか不明です。。。 (´д`)

とにかく、待望のスティーヴン・ウィルソンのリミックスによるマルチチャンネル(96kHz/24bit)は、DVD-Audio盤だけでなく、Blu-Ray Audio盤も同時にリリースされました。同じ音源を違うフォーマットで比較して楽しむことができるという点では、選択肢が増えて良いことだと思います。

個人的には、オーディオシステム上ハイエンド向けのシステムを組みやすいDVD-Audio盤のほうが分があるかと思います。

マルチチャンネルは、これまでのイエスやその他のプログレッシブ・ロックのものと異なり、かなり大人しいものに仕上がっています。効果音が前後左右に飛び交うこともなく、ステレオで慣れた耳にも違和感なく受け入れられるものです。ちょっと物足りない程に。。。

余談ですが、このSACDがリリースされた翌年の2014年の11月にイエスは来日公演を行い、「危機」と「こわれもの」の完全再現ライブをやってくれました。私はその東京ドーム公演を観に行ったのですが、会場で、その日のライブ音源を後日ダウンロード販売するというものをやっていました。


音源自体はハイレゾではなく48kHz/16bit 320kbpsのmp3規格でした。


20141125-YES-JAPAN_TOUR_2014

メンバの高齢化でかつての演奏技術は望むべくもないのですが、私はこのような企画をひっさげて来日してくれたメンバには心から感謝です。いつの日か、『海洋地形学の物語」の完全再現ライブをやってくれるのなら、海外であっても飛行機で飛んででも観に行きたいと思っていますので。。。^_^

9. まとめと今後のリリース予定


以上、プログレッシブ・ロックを代表する8枚のアルバムのハイレゾディスクを紹介しました。バンド別にまとめると以下にようになります。

キングクリムゾン(King Crimson) 「クリムゾン・キングの宮殿」「太陽と戦慄」
ピンクフロイド(Pink Floyd) 「狂気」「炎~あなたがここにいてほしい」
イエス(Yes) 「こわれもの」「危機」
エマーソン・レイク・アンド・パーマー(EL&P) 「恐怖の頭脳改革」「タルカス」

まだまだプログレッシブ・ロックのハイレゾ名盤はたくさんありますが、きりがないのでとりあえずリリース済みのアルバムについてはここでストップします。

しかし、まだハイレゾディスクとしてリリースされていない名盤で、ここで紹介しないわけにはいかないアルバムがいくつかあります。特にマルチチャンネルで聴いてみたいアルバムを3つ紹介します。

 ピンク・フロイド「ザ・ウォール(Pink Floyd/The Wall)


1979年にリリースされた2枚組のコンセプトアルバムです。名実ともに最高傑作の「狂気」に全くひけを取らない大傑作アルバムです。アルバムは聴き応え十分。ロックのオペラともいうべき壮大なスケールで聴き手を圧倒します。

ロジャー・ウォーターズ絶頂期に彼がほぼ独善的に仕上げた偉大なる作品です。ロジャー・ウォーターズはヴァン・ヘイレンのデイビッド・リー・ロスのような存在で、バンドの看板でもありながらチームの不協和音の源でもあるという強烈な個性の持ち主です。現に、この作品を最後に実質的に彼はピンク・フロイドを離脱してソロ活動に専念するようになります。

プログレッシブ・ロックと言うと何やら頭で理解しなければならない難解なロックというイメージがありますが、基本はロック、それもかなりハードなロックであるということをこの作品は思い出させてくれます。冒頭の「イン・ザ・フレッシュ」から延髄蹴りのような重厚なサウンドの衝撃を受けます。その後も抒情的な曲を挟んで、「ヤング・ラスト」のようなハードロック調の曲が続きます。このハードさに匹敵するのは「炎~あなたがここにいてほしい」と「ザーウォール」の間にリリースされた「アニマルズ」の「シープ」くらいでしょうか。。。

効果音もふんだんに使われているため、これをマルチチャンネルで聴くことができたら素晴らしいと思います。オリジナルのマスターが行方不明なのか、版権の問題なのか、残念ながらハイレゾ化の噂は全く聞こえてきません。。。

イエス「海洋地形学の物語」(Yes/Tales From The Topograhpic Oceans)



1973年にリリースされたイエスの6作目にして現在も賛否両論のアルバム。なんと当時の2枚組LPで長大な4曲しか収められていないクラシック音楽のような形態に度肝を抜かれました。

4つの曲目は、それぞれ「神の啓示」「追憶」「古代文明」「儀式」と、どれも宗教的なテーマがベースとなっています。ボーカルのジョン・アンダーソンが日本公演の来日中にホテルで読んだ「あるヨガナンダの物語」というヒンドゥー教の本から着想を得たと言われています。

どの曲も冗長なほど長く、難解なことこの上ないのですが、宗教的なテーマを抜きに純粋な器楽音楽としても実は非常に魅力的なアルバムになっています。個人的には、第1曲の「神の啓示」は、イエスのすべての楽曲のなかで最高傑作ではないかと思います。

「神の啓示」は、ジョン・アンダーソンの御経を読むような不思議な雰囲気で始まり、やがて中盤ではスリリングなギターとキーボードの駆け引きが楽しめます。そして終盤は、キーボードがドラムスと絡みながら荒れ狂うように演奏されたあと、壮大なスケールでドラマティックにエンディングを迎えます。

とにかくこんな常軌を逸したロックは未だかつて聴いたことがないし、今後も聴くことはないでしょう。

バンドメンバ間の不和も極限に達していた時期に制作されたとのことで、実際このアルバムを最後にメンバの看板のひとりであったキーボードのリックウェイクマンがイエスから脱退してしまいました。

2010年のオリジナルレコーディングのリマスター版が出ました。この音質が素晴らしいです!しかしやはり、この問題作もマルチチャンネルで是非聴いてみたいです。

2014年にはイエスの7作目「リレイヤー」がマルチチャンネルでハイレゾ版DVD-Audioとしてリリースされました。「海洋地形学の物語」が同じようにハイレゾマルチチャンネル化される可能性は非常に高いと信じています。

エマーソン・レイク・アンド・パーマー「四部作」(EL&P/Works)


1977年にリリースされたエマーソン・レイク・アンド・パーマーの6作目にしてこちらも賛否両論のアルバム。

キース・エマーソンがロンドン交響楽団のフルオーケストラをバックに自作自演の「ピアノ協奏曲第1番」が一番の聴きどころです。

プログレッシブ・ロックの行き着く先としてここまで来てしまった感が強いのですが、この「ピアノ協奏曲第1番」はなかなかどうして、かなり聴き応えのある名曲&名演奏だと思います。

バルトークに近いピアノという楽器を打楽器のように扱う奏法が中心ですが、技巧的にも相当ハイレベルなものを求められます。私はこの曲の第3楽章のスコアを入手してピアノで弾いてみたのですが、相当な難曲であると感じました。

リットーミュージック刊行のキース・エマーソン(確か1992年頃)

キース・エマーソン「ピアノ協奏曲第1番」

全くの余談ですが、私の「死ぬまでにやってみたいこと」の筆頭は、このキース・エマーソン「ピアノ協奏曲第1番」をフルオーケストラの伴奏で演奏することです!! ^_^;

また「庶民のファンファーレ」は、米国の作曲家アーロン・コープランドの原曲をアレンジした見事な編曲で、ドラムのリズムに乗ってロックンロールするかなりノリノリな曲で私のお気に入りです。以下のYouTubeで是非一度お聴きください。。。!

EL&P 庶民のファンファーレ

「四部作」のCDのなかで音の優れたものは、K2HD仕様でリリースされているものです。オリジナルの音質も良好ですが、このK2HD仕様はスゴイです。

この「四部作」ももしかしたらいずれマルチチャンネルのハイレゾ版がリリースされるかもしれません。というのも、来月5月にはエマーソン・レイク・アンド・パーマーの3作目であり「トリロジー」のDVD-Audioがリリースされるからです。こちらも今から楽しみです。


以上、プログレッシブロックの名盤のハイレゾディスク(SACD/DVDオーディオと、マルチチャンネルという観点から)をまとめてみました。

オーディオ的にも興味の尽きないプログレッシブロックの世界を少しでも多くの人に知っていただけたらと思います。



(2015/05/06 追記)

10. ジェネシス「眩惑のブロードウェイ」(Genesis/The Lamb Lies Down On Broadway)

「ハイレゾで聴くプログレッシ・ブロック」というブログ表題なのに、どうしてジェネシスが1枚も入っていないのか?」、という矛盾を解消するために、こちらを追記します。

ジェネシス「眩惑のブロードウェイ」

1974年リリースの2枚組。ピーター・ガブリエル在籍最後のアルバムです。このアルバム以降のジェネシスはフィル・コリンズ主導でプログレ色が薄まり急速にポップ化、その路線では最大の成功を収めています。

「眩惑のブロードウェイ」は主人公のプエルトリコ人の青年レエルがニューヨークを舞台に幻想の世界でさまざまな登場人物に巡り合うストーリーが中心になっていますが、とにかく歌詞が難解複雑で、曲を聴きながらストーリーを追うのは正直無理があります。

そのせいもあり、このアルバムをジェネシスの最高傑作と呼ぶには賛否両論ありますが、プログレッシブ・ロックならではの壮大な幻想の世界を音楽で表現したアルバムとしてはやはり前例のない大傑作だと思います。

いろいろな聴き方があると思いますが、個人的には歌詞を追うのを完全に放棄して、純音楽的に楽しむことをオススメしたいと思います。

すると、冒頭のタイトル曲から流れるように続くキラ星のごとく小曲の数々を、肩に力を入れずに楽しめると思います。

曲のハイライトは、1枚目では、「イン・ザ・ケージ」の緊張感、抜群のスケール感の「バック・イン・NYC」、ジェネシスらしい抒情的な「ヘアレス・ハート」、2枚目では、眩惑と幻覚の極致の「ザ・ウェイティグ・ルーム」、続くギターのイントロが印象的な「ヒア・カムズ・ザ・スーパーナチュラル・アナスセイスト」、再び抒情的な「ザ・ラミア」、曲調が七変化の「ザ・コロニー・オブ・スリッパーメン」、これまでのメロディが織り込まれている「ライディング・ザ・スクリー」、エンディングタイトルらしいドライブ感満載の「イット」と、最後まで通して飽きることなく聴き通せるだけのエンターテインメントに仕上がっています。

ジェネシスのアルバムはほぼすべてがSACD/DVD-Audio化され、マルチチャンネルも含めてりマスタリングされています。リリースされた国の事情によってSACDで出ていたりDVD-Audioで出ていたり、もしくはその両方の抱き合わせで販売されていたりと複雑なようです。残念なことにボックスセット以外の単体モノは廃盤になっているようです。

Virgin RecordsのDVD-Audioをプレーヤーにかけると、まずメインメニューでアルバムジャケットの画像が3次元立体的に展開される非常に凝ったつくりになっています。

DVD-Audioのメニュー画面


マルチチャンネルはDolby DigitalとDTS HD96kHz/24bitの選択で、アルバムのコンセプトがファンタジーなので、マルチチャンネルで効果音が左右前後から聴こえて来るのは効果的だと思うのですが、「眩惑のブロードウェイ」は意外にも奇をてらわない自然な音作りになっています(後発の「ジェネシス」に収録されている「ママ」などは、フィル・コリンズの「ハハッ!!」という叫び声が背後から迫ってくるなど凝ったつくりになっていますが)。

ジェネシスはピーター・ガブリエルやスティーブ・ハケットが在籍していた時代から、その後フィル・コリンズが主導していた時代で全く性格の異なるバンドになってしまったのですが、個人的にはセンチメンタルで切ない曲がオンパレードの「そして3人が残った」や、ドラムがメチャクチャ格好いい「デューク」「アバカブ」といったポップ・アルバムも魅力的です。


(2015/05/13 追記)

11. エマーソン・レイク・アンド・パーマー「トリロジー」(EL&P/Trilogy)

エマーソン・レイク・アンド・パーマー「トリロジー」

1972年にリリースされたEL&Pの第三作です。つい先日の2015年5月にそのDeluxe EditionがDVD-Audioを含む形でリリースされました。プログレ名盤の再リリースとしては2015年の目玉かもしれません。

Trilogy Deluxe Editionの中身

3枚組となっており、オリジナルCD、リマスタリング版CD、そしてDVD-Audio盤が入っています。

メニュー画面

DVD-Audioの音源は、96/24 Stereo/5.1chと、DTS 5.1ch, Dolby Digital 5.1chが収められています。

「四部作」と同様、この「トリロジー」も、以前リリースされたK2HD仕様のリマスタリング盤の音質がスゴイので、今回のリマスタリングでの劇的な音質改善はありませんでした。

また、(スティーブ・ウィルソンではなく)ジャッコ・ジャックスジクによる96/24 5.1chのマルチチャンネル音源は、ちょっと微妙な出来映えです。基本的には不用意に前後左右に音を散らせずに、定位重視となっており、逆に「永遠の謎」のオープニング効果音などははっきりとマルチチャンネルにアレンジしています。

しかし、「フロム・ザ・ビギニング」のグレッグ・レイクのボーカルは奥に引っ込んでしまった感が否めないですし、全体を通してマルチチャンネル効果を狙ったパートとそうでないパートの分離感が目立ってしまっている気がします。

ちなみに、この「トリロジー」は、録音順だと第三作ではなく、「展覧会の絵」の次の第四作になるそうです。詳しいエピソードが以下のカドカワから発刊されている本にインタビュー記事が載っていますが、「展覧会の絵」は、正式なアルバムリリースという扱いではなく、当時たった2ポンド(!)でHELPというマイナーレーベルからリリースされていたそうです。グレッグ・レイクがEL&Pのバンドイメージとしてクラシックとの融合というのをあまり前面に出したくなかったようですね。興味深いエピソードです。


別冊カドカワtreasure プログレッシヴ・ロック Special Interview キース・エマーソン
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個人的には、この「トリロジー」はイエスの「こわれもの」と同じ位置付けで、小規模なプログレッシブ・ロックの名曲ぞろいの名盤だと思います。特にキース・エマーソンの叙情的なピアノの旋律が印象的です。

話は逸れますが、キース・エマーソンの叙情的なピアノの旋律という点では、彼のソロアルバムである「インフェルノ」のテーマ曲は素晴らしい名曲です。この「インフェルノ」はイタリアのオカルト映画「インフェルノ」のサントラ盤で、映画はあの「サスペリア」で有名になったアルジェント監督のものです。一聴の価値がありますので是非聴いてみてください。

「インフェルノ」のテーマ曲

当時絶頂期だったキース・エマーソンがなぜまたイタリアのオカルト映画のサントラを?という疑問が沸きますが、どうやらレコーディングにかかる資金が膨大で、そのためサントラになったようです。つまり、キース・エマーソンが目指したオーケストラとの融合をレコーディングにしてアルバムを作ろうとすると、レコード会社ではリスクが高すぎてコストを負担できない、そこで映画製作のスタジオならばなんとかなるということで、当時こちらも絶頂期だったダリオ・アルジェント監督がその費用を捻出したそうです。

映画自体は凡庸な作品だと思いますし、正直キース・エマーソンの作風と映画のイタリアンゴシック調のオドロオドロシイ雰囲気とストーリーはミスマッチなのですが、純粋に音楽を聴くとなかなかの傑作となっています。ちなみにサントラは当然ながら廃盤になっています。


(2018/09/30追記)

マスタリング、リマスタリング、リミックスが誤って混在している文章だったので以下訂正します。

誤:「ジェームス・ガスリーによるSACDマルチチャンネルのマスタリングが素晴らしい出来栄えで」
正:「ジェームス・ガスリーによるSACDマルチチャンネルのリミックスが素晴らしい出来栄えで」

誤:「こちらのマスタリングは以前のスティーブ・ウィルソンではなく、最新キングクリムゾンのメンバーでもあるジャッコ・ジャックスジクが担当しています」
正:「こちらのリミックスは以前のスティーブ・ウィルソンではなく、最新キングクリムゾンのメンバーでもあるジャッコ・ジャックスジクが担当しています」

誤:「そのDVD-Audioのリマスタリングによる音質向上効果は凄まじく、またスティーブウィルソンのマルチチャンネルトラックも完成度が高く」
正:「そのDVD-Audioのリミックスによる音質向上効果は凄まじく、またスティーブウィルソンのマルチチャンネルトラックも完成度が高く」

誤:「012年にリリースされたDVD-Audio入りLimited Editionは、ステレオとマルチチャンネル音源を含んでいます。こちらもスティーブン・ウィルソンによるマスタリングです」
正:「012年にリリースされたDVD-Audio入りLimited Editionは、ステレオとマルチチャンネル音源を含んでいます。こちらもスティーブン・ウィルソンによるリミックスです」

誤:「2013年にPanegyricレーベルからスティーヴン・ウィルソンのマスタリングによるマルチチャンネルを含み、DVD-Audio盤がリリースされました」
正:「2013年にPanegyricレーベルからスティーヴン・ウィルソンのリミックスによるマルチチャンネルを含み、DVD-Audio盤がリリースされました」

誤:「待望のスティーヴン・ウィルソンのマスタリングによるマルチチャンネル(96kHz/24bit)は」
正:「待望のスティーヴン・ウィルソンのリミックスによるマルチチャンネル(96kHz/24bit)は」


(おわり)



コメント

  1. お前は何を言ってるんだ。
    ジェネシスはDVD-AUDIOで出た事はなく、「マルチチャンネルはDolby DigitalとDTS HD96kHz/24bitの選択」と貴殿が書かれておられます通りDVD⁻VIDEOでの発売でした。ドルデジもDTSも圧縮音源なので、あのシリーズは、SACD以外はあんまり価値がないという評判だったと記憶しております。

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