[仮想通貨とブロックチェーン]『現代経済学の直観的方法』(長沼伸一郎)に読むビットコインの将来


米メタ社(旧フェイスブック)が、構想を主導していた暗号資産(仮想通貨)「ディエム(旧リブラ)」の発行から撤退するというニュースが先日流れました。


一方、「ビットコイン、3カ月半ぶりの大幅高で4万ドル突破-リスク志向戻る」ということで、今年(2022年)も、仮想通貨をめぐるトピックには事欠かないようです。


仮想通貨とブロックチェーンについては、さまざまな記事や解説が出回っていますが、『現代経済学の直観的方法』(長沼伸一郎、2020年)の第8章では、その基本的な考え方を驚くほど明解に解説してくれます。


多くの仮想通貨のどれに投資すべきか検討する前に、仮想通貨とブロックチェーンの基礎理解を得なければ、正しい投資判断をするのは難しいでしょう。


『現代経済学の直観的方法』
(長沼伸一郎、2020年)

以下では、備忘録も兼ねて、仮想通貨とブロックチェーンについて本著の内容と、個人的な所感をまとめました(太字は本文より引用)。

1. 現代経済学の直観的方法

『現代経済学の直観的方法』(長沼伸一郎、2020年)の著者の長沼伸一郎氏は、1987年『物理数学の直感的方法』で理系世界に一大センセーションを巻き起こした在野の物理学者です。

私は、『一般相対性理論の直感的方法』を読んで、著者のことを知りました。

『現代経済学の直観的方法』は、従来の経済書とは違い、経済や金融のバックグラウンドのない理系にもわかりやすく経済を明解に紐解く名著として、ビジネス書大賞2020 特別賞(知的アドベンチャー部門)を受賞しています。


Amazonのカスタマーレビューでは、星5つ中4.6という高い評価を受けています。

(目次)
第1章 資本主義はなぜ止まれないのか  
第2章 農業経済はなぜ敗退するのか 
第3章 インフレとデフレのメカニズム
第4章 貿易はなぜ拡大するのか 
第5章 ケインズ経済学とは何だったのか 
第6章 貨幣はなぜ増殖するのか 
第7章 ドルはなぜ国際経済に君臨したのか 
第8章 仮想通貨とブロックチェーン 
第9章 資本主義経済の将来はどこへ向かうのか 

どの章も非常にわかりやすい解説で目から鱗なのですが、第8章「仮想通貨とブロックチェーン」は、特筆すべき内容です。

以下に第8章の内容を要約します。

2. 金本位制

まず、金本位制の話が出てきます。

金本位制とは、金をお金の価値の基準とする制度です。 

政府の銀行が、発行した紙幣と同額の金を保管しておき、いつでも金と紙幣を交換することができる制度で、19世紀から20世紀のはじめにかけて、世界各国で取り入れられていました。

しかし、しかし、1971年の米ドルの金兌換停止以降、先進国のほとんどは管理通貨制度に移行した(Wikiより引用)

著者は、仮想通貨と金本位制の本質が極めて良く似ていると指摘しています。

貨幣とは、

「短期的にはその量を絶対に増やせないが、非常にゆっくりとであれば状況次第で増減させられる」

という要求を課せられています。

金本位制は、短期的にはその量を絶対に増やせない(埋蔵量が決まっているため)という点では合致しているのですが、非常にゆっくりと増減させることはできません。

著者は、この金本位制の性質(弱点)が、ビットコインのような仮想通貨にも当てはまると指摘しており、そのために、仮想通貨が現在のドルや円といった国際通貨を代替するようなものにはならないだろうと予測しています。

3. 電子の世界に「金」を作る

現実世界での金(ゴールド)の特性は、

人間が勝手に増やしたりすることが絶対できず、かつ、人から人へ渡っていって、誰でも自由に使える

ということです。

これを、コピーが容易な電子的な世界で実現するためにはどうしたら良いか?

金(ゴールド)であれば、実体としての地金の動きを追跡することができますが、電子の世界での仮想通貨では不可能です。

そこで、実体の動きの代わりに、「誰がいくらそれを支払い」「それを誰が受け取ったか」という情報を残らず書き出すことで、「絶対に勝手に増えない量」を電子の世界で実現することができるのです。

具体的には、コンピュータネットーワークの中に台帳を作り、

・その台帳を誰もが必要に応じて見ることができ
・その記録を誰も改竄することができないようになっている

という二つの条件を満たすことができれば良いのです。

ブロックチェーンというメカニズムが、まさにその二つの条件を満たすことができる技術というわけです。

4. 改竄を防ぐ方法

電子の世界で改竄を防ぐとは、平たく言ってしまうと

台帳ファイルを細かく分けてタグをつける

というものです。

ここで台帳というのは、「いつ」「誰が」「いくら使ったのか」という3つの必須情報を記載した数字の記録です。

そこに、タグという、3つの情報からある規則によって生成される不可情報を加えることによって、中身が改竄されたかどうかを迅速にチェックできるようにします。

例えば、以下のような台帳記録を考えます。

いつ:16年5月21日13時41分 → 1605211341
誰が:ID番号201953 → 201953
いくら:3163円 → 3163

このような記録の1か月分をまとめて合計して、単純に数字を全て足した結果、

73251862917

という数字になったとします。

次に、何か適当な3桁の数字を決めて、それを913という数字を選んだとすれば、

73251862917 ÷ 913 = 80232051 余り 354

と割り算をして、その余りの3桁の数字 354 だけに注目して、それをタグという扱いで、元の台帳につけるのです。

このようにすれば、誰かが元の台帳の値を改竄した場合、タグの値が変わるので、誰でも容易にチェックすることができます。

ただし、これだけでは完全に改竄を防ぐことができないので、さらに複雑な手続きを行う必要があります。

5. ハッシュ関数

上の台帳の改竄防止の仕組みをさらに発展させたものが、ハッシュ関数です。

入力データの値をほんの1だけ変えただけで、タグ上の数字が全く別の似ても似つかない値に変わってしまうようにするためには、

データ数字の総和の末尾3桁の数字(a,b,c)から、abのc乗した数字を作り、それを元の数字に足して、913で割るというような手法を取ります。

さらに発展させて、このような元の数字に足すものを1個だけでなく、2つも3つも作っていけば、それだけ改竄の難易度が上がるというわけです。

このようにしてつくられたタグの性質を整理すると

・どんな桁数の数字を入力しても、必ず同じ桁数の数字が出力される
・出力された数字だけからは入力した数字を割り出すことができない
・入力した数字を僅かに変更しただけで、出力された数字は大きく変わって全く別物になる

という3つの性質を持ちます。

この3つの性質を持った関数をハッシュ関数(タグに付く数字をハッシュ値)と呼び、以降説明するブロックチェーンの中核の技術となっています。

6. ブロックチェーン

ハッシュ値をタグとして台帳に記入することで、改竄の対策を行いましたが、さらに一工夫を加えて、5月分の台帳のタグの数字「354」を、次の6月分の台帳ファイルのなかに書き込んでやる、改竄が飛躍的に困難になります。

各月の台帳ファイルにそれぞれ、前の月の台帳のタグが書き込まれる格好で、互いにつながってゆく。。。まさしくこれこそがブロックチェーンです!

仮に、特定の月の台帳のデータを改竄しても、翌月、またその翌月と、改竄の影響は連鎖的に発生してしまうので、芋蔓式にすべての台帳のデータを改竄しないとなりません。

台帳をあらかじめブロックチェーン化しておけば、中央管理的なセキュリティは不要となり、寄り合い所帯的な緩い組織であってもかなり安全に使うことができるようになります。

ハッシュ関数の弱点として、たまたま偶然に、データ掃除の総和が違っていても同じタグの数字が表れる場合(ハッシュ衝突)があります。

そのため、現在のブロックチェーンでは、3桁ではなく、64桁ぐらいの桁数が使われています。

ハッシュ関数を使えば、膨大な計算は必要ないので、大規模なコンピュータは全く必要ありません。

では、なぜ、世間ではデータマイニングなどで猛烈な電力を消費する大規模なコンピュータを使っているのでしょうか?

それは別の理由があります。

7. 仮想通貨の世界

これまでの議論は、あくまで中小規模のシステムが前提であり、そこでは、台帳を作成・管理するのは組織の誰かが役割を担う必要がありました。

一方、(地域や組織特定ではなく)グローバルに流通できるビットコインなどの仮想通貨の場合は、そのような台帳を作成・管理する拠り所が存在せず、完全に不特定多数の人間の間で行えるようになっていなければなりません。

つまり、世界中の誰かがブロックチェーンを作る(台帳を作成する)必要があり、それを何等かのルールのもとで誰が行うかを決めなければなりません。

そこで、大規模なコンピュータが登場するわけです。

ゲームやレースを行って、そのレースで1位となった者に台帳を作成する資格(と同時にビットコインによる報酬)が与えられるのです。

猛烈な電力を消費する大規模なコンピュータを運用するマイニングとは、この1位の資格と報酬を目的としているわけです。

では具体的にどのようなレースが行われているのでしょうか?

先に挙げた台帳の例では、3桁の数字 354というタグが生成されましたが、それは913という適当な3桁の数字で割った結果でした。

913以外の数字で割って、タグが354ではなく、004のような、1桁の単一のタグになる数字を探すのがこのレースです。

ブロックチェーンの用語では、このように1桁のハッシュ値を出すために意図的に付け加えられる数字のことを「ナンス」と呼びます。

現実には、一般にブロックチェーンで使われているハッシュ関数の桁数は64桁ほどなので、レースに勝ってブロックの生成資格を得るのは、ハッシュ値を求めたときにその先頭に18個のゼロが並ぶような形にできるナンスを見つけたものと決められています。

先頭に18桁のゼロが続き、そのあとに46桁の数字が続くので、十分に強力な暗号として利用されているわけです。

この「ナンス」もブロックの中に書き込まれており、1個のブロックの中には

・金額などの取引データ
・一つ前のブロックのハッシュ値
・ナンス

の3つがセットとなって書き込まれています。

8. マイニングの報酬

では、大規模なコンピュータを猛烈な電力消費で稼働して、レースに勝った(ブロックを作成する権利を得た)場合に、報酬はどの程度なのでしょうか?

現時点(2019年末)のビットコインの標準的なデータとして、ブロック1個を作った者には、12.5ビットコイン(2022年2月のレートで1ビットコイン=478万円なので、6000万円)という金額です。

ビットコインのチャート

そして、世界中では10分に1回の割合で、そういうことが行われているのです。

これが、ビットコインのような世界で通用する仮想通貨を運用するために必要なランニングコストということになります。

1日に換算すると、6000万円 x 6 x 24 = 86.4億円

というかなり高額になりますが、政府が発行する紙幣においても、偽造防止のための高度な印刷技術などのコストがかかるので、仕方ないでしょう。

9. ビットコインの半減期

著者はビットコインのような仮想通貨は、金本位制と本質が極めて良く似ていると指摘しています。

ビットコインは、無尽蔵に増えるのでは都合が悪いので、全体の発行額がある定められた量に達するごとに、マイナー(レースの勝者)に支払われるビットコインの額が半分に減るようにルール制定されています。

現在のペースだと、だいたい4年に1度の割合で半減期が訪れます。

そして、ある時点で増加のカーブは実質的に水平になって、その時点までに達している総額が、本来予定されていた「増えない量」としてのビットコインの総量になります。

理論的には、2100万ビットコインに達した時点で止まるとされています(現在までにその85%に相当する1800万ビットコインが発行済み)。


上の図からわかるように、1回目の半減期以前は、50ビットコインでした(2022年2月現在は本書の刊行時からさらに進んで6.25ビットコイン)。

ちなみに金(ゴールド)は、これまでに採掘された総量が約18万トン(体積21立方メートル相当)で、現在でも年間3000トンほど採掘されていますが、数十年後には掘り尽くされるそうです。

発行額が上限に達すると、マイナーに与えられる報酬はゼロになるわけではなく、ビットコインを送金する際の手数料からも支払われるのでそれは継続となります。

しかし、現在の報酬額からは相当減額になるので、果たして現在のマイニングの運営が続けられるかは不明です。

10. 米メタ社の仮想通貨「ディエム」

冒頭のニュースで触れた、米メタ社(旧フェイスブック)の仮想通貨「ディエム(旧リブラ)」について。

ディエムのような運営母体が明確な仮想通貨は、ビットコインとは全く別種のものと考えるべき性質のものです。

これは昔からあるような、加盟店の間で(のみ)使えるポイントや商品券・ギフト券の電子版というようなものです。

運営に関してはビットコインと同様に、ブロックチェーンの技術が使われるかもしれませんが、運営側(米メタ社)がある程度の責任を身って作業分担を行うような仕組みです。

ディエムに関して、著者は以下のような興味深いコメントをしています。

「ディエム」などのタイプの仮想通貨に見られる一般的な傾向として、どうも面倒なことは親であるドルや円に押し付けて、難しいことは政府の通貨当局に全部やってもらい、自分はそこに寄生する形でおいしいところだけを持って行く、という虫の良いスタンスが感じられる。

御意。。。!

これぞまさしく米メタ社が、政府の圧力に屈してディエムを頓挫させた原因ではないでしょうか?

以下は、ビットコインとディエムの仮想通貨としての対比を図式化したものです。


現在メジャーな仮想通貨は、ビットコイン、イーサリアム(通貨はイーサ:ETH)、リップル(XRP)の3種類ですが、リップルはリップル社が管理主体となっているので、ビットコインのような完全な分散システムとは異なり、マイニングのような新規発行の仕組みもありません。

11. ビットコインの将来

このようなビットコインが果たして将来、ドルや円といった国際通貨に取って代わるほどの通貨に成長するでしょうか?

著者は、金本位制の限界がすなわちビットコインの限界であり、世界のメイン通貨というよりは、特定の地域的な発展に限定して進化するのではと考えています。

金本位制もビットコインもどちらも、最大の特性としての「増やせない量」という点で、裏を返せば、たとえ国の経済成長のためにそれを増やすことが必要だというので、適切にその総量を増やすようコントロールしようとしても、ビットコインのシステムは最初からそれを拒絶して、誰もそういうコントロールができないということです。

貨幣の役割とは、そもそも、需要と供給の仲介をスムースに行うに過ぎず、そのコインの値が上がって手元にコインがないばかりに取引が成立しないという起きてしまいます。

昨今のビットコインの需給バランスが崩れてそれ自体が投機の対象となり、価値の変動が激し過ぎる状況では、「必要に応じて適切に量を増やしたり減らしたりできない」

これは、政府が適度に介在してマネーサプライをコントロールしている現在の経済システムとは相反する性質です。

ビットコインの推進者は、国家統制を嫌う市場万能主義者であるという側面があり、ビットコインをグローバルな「仮想通貨」と呼ぶのに対して、ビットコインの懐疑者は、限定的な「暗号資産」と呼んでいます。

以下は本著の内容から逸脱しますが。。。

コロナ禍の現在、私利私欲に走る「欲望の資本主義」は大きな批判を浴びており、また、SDGs活動の普及とともに、果たして現在の成長ありきの資本主義経済は正しいのか?という議論が進んでいます。

もし、仮に、未来の資本主義が、経済成長を伴わなくても持続可能となれば、政府主導のマネーサプライも大きな方向転換を強いられることになり、結果的に金本位制への回帰や、ビットコインのような仮想通貨がグローバルな通貨として成長する可能性もあるかもしれません。

プルーフオブワークとか、ハードフォークといった専門用語に翻弄されるより、本著『現代経済学の直観的方法』(長沼伸一郎)の第8章を読んで、仮想通貨の本質を理解するほうが大局が把握できて専門用語の理解も容易になると思います。

以上、仮想通過とブロックチェーンについて、をベースにまとめた内容でした。



[資本主義の将来はどこへ向かうのか] 人間の短期的願望への縮退を止めるには(『現代経済学の直感的方法』長沼伸一郎)

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