[ヨハネ受難曲 (J.S.バッハ)] CD名盤の聴き比べ - 「マタイ受難曲」に比肩するバッハの大傑作

J.S.バッハの宗教曲「マタイ受難曲」と「ヨハネ受難曲」

学生時代に聴いたリヒターの「マタイ受難曲」に、人生観が変わるほどの衝撃を受けたことは、以前のブログに書きました。

[マタイ受難曲 (J.S.バッハ)] CD名盤の聴き比べ(カール・リヒター盤以外)
一方、「ヨハネ受難曲」は、ミシェル・コルボ盤を持っていましたが、それほどのインパクトも受けずに、リヒターの名盤も聴く機会がなく、大して興味を持っていませんでした。

ところが、先日Apple Musicに加入したことで、リヒターの「ヨハネ受難曲」との劇的な出会いを果たすことになりました。


それ以来、私は毎日のように「ヨハネ受難曲」を聴いています。

「ヨハネ受難曲」のどこがそれほど魅力なのか?

平たく言ってしまえば、「ヨハネ受難曲」は「マタイ受難曲」よりも演奏時間が短い分、人生のすべてが凝縮しているような、そんなところです。

0. Apple Music

今回は、たまたまApple Musicの3か月無料期間だったので、大して期待もせずに気軽な気持ちでApple Musicで「ヨハネ受難曲」の検索をしてみました。

Apple Music

すると、驚いたことに、名盤と言われる指揮者や演奏家のアルバムがごっそりと検索に引っかかったのです。

リヒター盤はもちろん、ピノック盤、鈴木雅明盤、ガーディナー盤、リリング盤、ブリュッヘン盤、ヘレヴェッヘ盤、英語のブリテン盤まで。。。(マイナーレーベルのロッチェ盤はさすがにありませんでした)。


3,000万曲の豊富な音楽ライブラリと定額配信サービスなんて、どうせポピュラー音楽や歌謡曲の世界の話だろう、クラシック音楽には無縁の話と勝手に考えていましたが、そんな固定観念は吹き飛んでしまいました。

こんな便利なサービスが月額たった980円とは。。。

更に衝撃的だったのは、上のキャプチャ画像の左下に見えている赤いジャケットのCD、これはガーディナーのBach Sacred Masterpiecesという22枚組CDです。

ガーディナーのバッハカンタータ選集(22枚組CD)

実は私はこの22枚組CDを数年前にHMVから購入して所有していました。内容のほとんどはバッハのカンタータ選集で、私もカンタータを少しずつ聴いていたのですが、実はガーディナー指揮のヨハネ受難曲も含まれていたんですね、全く気付きませんでした。

その上、AppleMusicのサービスを使えば、この22枚組CDの中身を、面倒なCDからのライブラリ化をしなくとも、その場で全楽曲をいきなり聴くことができてしまうのです!

CDボックスセットのライブラリ化作業をやられた方ならご存知かと思いますが、iTunesであってもdPowerAmpであっても、CDのメタデータ情報がバラバラで、同じセットなのに、ディスク毎にメタデータが統一されておらず、折角リッピングしてもライブラリ管理のためには、手作業でアルバムタイトルを編集しなければならない、なんてことが良くあるわけですが、Apple Musicではそのような作業とも無縁です。

クラシック音楽を配信サービスの低品質な音質で聴くなんて。。。という抵抗もあるかと思います。自宅のライブラリはすべてハイレゾもしくは非圧縮音源という方がほとんどだと思います。

しかし、こうして便利に曲を自由自在に聴ける環境に一度慣れてしまうと、わざわざすべての音楽試聴を手間と時間をかけて高音質な環境でというのは、正直バカバカしくなってしまいます。

気に入った曲や演奏がわかれば、あとでゆっくりCDなりハイレゾで聴けば良いのです。

最初から愛聴盤になるかどうかわからない演奏を、時間をかけてCDやハイレゾで聴くというのは、人生の貴重な時間を無駄遣いしているとさえ思えて来ました。

Apple Musicのさらにスゴイところは、端末を選ばないクラウドサービスなので、同じ楽曲を外出先のiPhoneでも、リビングのAppleTVでも、寝室のiPadでも、何の意識もせずに聴くことができるという点です。もはや楽曲を転送とか、NASに保存してアクセスとか、そんなことさえ意識する必要がありません。

1. リヒター盤(1958年)

そして、Apple Musicで「ヨハネ受難曲」のリヒター盤を初めて聴きました。


それは、壮年期も後半を迎えて大抵の物事に感動を覚えることが減ってきた身にも、残された人生に与える衝撃としてはたぶん最大にして最後であろうと思えるほどのインパクトでした。

J.S.バッハの「ヨハネ受難曲」は、西洋音楽の最高傑作とまで言われる「マタイ受難曲」に劣るどころか、まったく引けを取らない大傑作であると思うようになりました。

ペテロがイエスを裏切って懺悔の念に駆られるシーンの13曲目のアリア13. Ach mein Sinn「ああ、わが念いよ」は間違いなく「ヨハネ受難曲」のハイライトです。

アリア13. Ach mein Sinn「ああ、わが念いよ」

また、後半の27曲目のレチタティーボ(Die Kriegsknechte aber)に続く合唱("Lasset uns den nicht zerteilen, sondern darum losen, wes er sein soll.")の曲も強く印象に残ります。

Nr.27b Chor第 27b 曲 合唱
"Lasset uns den nicht zerteilen, sondern darum losen, wes er sein soll."
これは裂かないで、だれのものになるか、くじ引きで決めよう!


これは、兵士たちが十字架につけられたイエスの衣服を奪い、どうやって分け合うか話し合うシーンなので、ドラマティックでも何でもない場面なのですが、始まりは静かな合唱がやがて長調から変調を繰り返しながら次第に盛り上がっていく展開のなかに、人間の悲喜愛憎や人生そのものが見事に凝縮して表現されているような、何とも言い難い感動を覚えるのです。

こんな解釈はもしかしたら邪道なのかもしれませんが、個人的な感性は嘘をつかないのでどうしようもありません。。。

そして、極め付けは、最終コーラス No. 40, Chorale. Ach Herr, lass dein lieb Engelein


囁くような合唱が、徐々に盛り上がってフィナーレでは通奏低音のオルガンが朗々と響き渡るという実にドラマチックなエンディングで、感動のあまり涙が出てきてしまいます。。。

2. ロッチェ盤(2007年)

その後、リヒター盤と並び評判の高いロッチェ版のCDを購入しました(Apple Musicにはなかったので)。


こちらもゆったりとしたテンポと天国的に美しいコーラスで期待どおり素晴らしい演奏にますます「ヨハネ受難曲」にハマッってしまったのです。

3. コルボ盤(1990年)



リヒター盤を聴く前に所有していた唯一のヨハネ受難曲のCDです。

このコルボ盤を聴いても、「ヨハネ受難曲」にピンと来なかったのは事実です。

最後から2番目のコーラス Ruht wohl, ihr heiligen Gebeine には感動したのですが、それ以外の楽曲には何も感じるものがありませんでした。

ミシェル・コルボは指揮者としては、何と言ってもフォーレのレクイエムの超名盤があり、個人的にも非常に好みの指揮者ですが、どうもバッハの宗教曲では感性が合わなかったようで残念でした。

4. その他

「ヨハネ受難曲」の他の演奏と聴き比べて、例えばブリュッヘン盤もなかなかいいなとか、鈴木雅明BCJ盤は気に入ったのでSACD盤を買おうとか、ガーディナー盤はあっさり淡泊で好みではないなとか、取捨選択しています。

私が保有している「マタイ受難曲」のCDはたぶん20セットくらいだと思いますが、リヒター盤のレコードを買った学生時代からコツコツと30年以上かけて買い増してきたものです。

それと同じ体験がApple Musicで文字通り瞬時で済んでしまうというのは、正直複雑なものがあります。。。あのCDを開封してプレーヤーにセットして期待にワクワクしてなんて体験はもうそこにはありません。

音楽の聴き方にこれが正しいとか悪いとかはないと思いますが、従来の音質重視で儀式的にかしこまって聴くのもそれはそれで良い処もあったと思います。

Apple Musicのような最近の手軽な音楽の聴き方を頭ごなしに否定するような考え方も残念ながら根強いのではないでしょうか。。。圧縮など邪道、CDこそ正しいメディアだ、と。

しかしそのCDでさえ、最近はボックスセットでの叩き売りのような状態で、かつてのような厳選したCDを自宅に持ち帰ってワクワクしながら聴く。。。なんてこととは無縁の世界になってしまいました。恐らくほとんどの方は自宅にボックスセットで大人買いして未だに開封さえしていないCDが貯まっているのではないでしょうか。。。

技術の進歩とは怖ろしいものがあります。。。頑なに従来のCDディスク再生の試聴スタイルもひとつの道で、それにはその良さがあることも否定するものではありませんが、これほど便利なものの味を占めてしまうともはや元には戻れないのも事実です。。。

いやはや、Apple Music恐るべし、です。

(2024年11月23日 追記)
ヨハネ受難曲のギュンター・ラミン盤をApple Musicで聴きました。


ギュンター・ラミンはカール・リヒターの師としても知られていますが、この演奏を聴くと、まさにリヒターの精神の原点ということがひしひしと伝わってきました。

録音は1954年でモノラルなのですが、ヘフリガーの名唱も冴えており、リヒター盤を愛聴する方には是非とも聴いていただきたい名盤です。

もうひとつ、ヨハネ受難曲のリリング盤をApple Musicで聴きました。


こちらもリヒター盤やラミン盤に通じる人間臭く極めてオーソドックスなヨハネ受難曲です。

ピリオド奏法がいまひとつ好きになれない身としては、この盤はリヒター盤に次ぐベストかもしれません(途中のアリアも素晴らしい)。

(2025年9月27日 追記)
ヨハネ受難曲のレネ・ヤーコブス盤をApple Musicで聴きました。


ボーイ・ソプラノとしてヘレヴェッヘ(1984)、そしてレオンハルト(1990)のレコーディングにもアルトとして参加した経験を持つヤーコプスの指揮による演奏。

彼の「マタイ受難曲」と同様、通奏低音はオルガンではなくリュートを使用しているのですが、演奏は宗教色の濃いリヒター盤と似たような人間臭さと重厚な雰囲気に包まれています。

以下は最終コーラス No. 40, Chorale. Ach Herr, lass dein lieb Engeleinです


リヒター盤ほどのドラマチックな演出はありませんが、フィナーレに向けての盛り上がり方は似ています。

(以下タワーレコードのライナーノーツより引用)

「ヨハネ受難曲」は、バッハの生前に計4回演奏され、毎回新たな変更が加えられてきた作品です。

バッハがその時の演奏で使える楽器や演奏家に影響され改訂された場合が多いですが、もっとも大幅に変更されたのが1725年の第2稿です。

例えば、冒頭の合唱部分には、当時まだ作曲されていないマタイ受難曲第1部の終曲を使用し、作品後半にも数曲異なるアリアを使用しています。

ヤーコプスはこの第2稿のみで追加、差し替えされた5曲(第1曲合唱「おお、人よ、汝の大いなる罪を悲しめ」に変更。

第11曲テノールのアリアを追加。第13曲テノール・アリアを別の曲に。第19曲テノール・アリアを別の曲に。第40曲カンタータBWV23終曲合唱「キリスト、汝神の子羊」に変更。)をアルバムの最後に収めています。

(引用おわり)

個人的には第2稿はあまり好きではないのですが、ヤーコプス盤の演奏では、上記のアレンジをしており、なおかつ第2稿のオリジナル曲も最後に収録されているという非常に気の利いた構成を取っており、好感が持てます。

個人的には、ロッチェ盤と比肩する、リヒター盤に次ぐ名盤ではないかと思いました。

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