刑事コロンボ『別れのワイン』: シリーズ人気ナンバーワン作品の観どころはココだ


刑事コロンボ『別れのワイン』(1974年)、ワクチン接種後の副反応で静養中に観ました。


私が刑事コロンボを最初に観たのは、まだ小学生のときでした。

ストーリーは今ではほとんど記憶に残っていませんが、『別れのワイン』以外にも、『二枚のドガの絵』『溶ける糸』『パイルD-3の壁』といったシリーズ名だけは良く覚えていて、それがきっかけでNHK BS放送をたまたま録画しておいたものです(放送日は2022年1月29日)。

本作は、1時間36分というTVドラマにしては長尺なのですが、脚本やセリフが見事で、犯人役のドナルド・プレザンスの名演も際立っており、シリーズのなかでも傑出して面白い作品で堪能しました。

鑑賞後にネットで調べたところ、『別れのワイン』は、あなたが選ぶ!思い出のコロンボベスト20」(NHK)で堂々の第1位。

また、国内だけでなく、Columbo top 10 episodes as voted for by the fans: 2020 editionという海外のサイトでも、堂々の1位に輝いています。

『別れのワイン』がここまで高く評価されるのは、ストーリー展開の見事さに加え、作品自体の持つ「格の高さ」にあるのではないでしょうか。

以下、『別れのワイン』のレビューを書き記します [注意:ネタバレ満載の内容です]

1. 刑事コロンボ『別れのワイン』

以下はNHKアーカイブスの公式サイトからの引用です。


■海外ドラマ「刑事コロンボ ~別れのワイン~」

 1974年(昭和49年)6月29日放送:88分
「刑事コロンボ」は1972年から1979年にわたって放送された海外ドラマです。犯人が最初にわかってしまうという、当時としては斬新な手法を用いて演出されています。おなじみよれよれのレインコートを着た主人公コロンボをピーター・フォークが熱演、小池朝雄さんによる個性的な吹き替えによって「うちのカミさんがねぇ」という名台詞が一世を風靡しました。

【 あらすじ 】
父親の残したワイン製造会社を身売りするという弟・リック。その言葉に憤慨した、兄・エイドリアンはリックを殴り、ワイン倉庫に監禁したまま、ニューヨークへと出かける。そのころ、リックの婚約者が宿直中のコロンボ(ピーター・フォーク)のもとに捜索願を出しに訪れていた・・・。

【 出演 】  俳優(声)
コロンボ ピーター・フォーク 小池朝雄   
エイドリアン  ドナルド・プレザンス  中村俊一  
カレン ジュリー・ハリス 大塚道子  
リック ゲーリー・コンウェイ 加茂嘉久  
ファルコン ダナ・エルカー 神山卓三 (ほか)

【 監督 】
レオ・ペン

【 制作 】
アメリカユニバーサルTV

【 日本語版台本 】
額田やえ子

2. 原題 Any Old Port in a Storm

原題は、Any Old Port in a Storm

これは、Any Port in a Stormという英語の慣用句(「嵐に遭ったら、どんな港でもよいから入港したい」という意味)をモジって付けられています。

The Greatest Columbo Episode - Any Old Port in a Storm (1973)

ここでOld Portはヴィンテージのポートワインを指しているので、「事件の捜査中(嵐)であれば、どんなに古いポートワインでも良いから証拠物件を発見したい」とでも訳されるでしょうか。。。

つまり、この殺人事件は、ほぼ完全犯罪だったので、コロンボといえども検挙のための証拠物件が皆無という非常に厳しい状況だったことを原題は語っています。

実際に、犯人は(その気になれば)自供をすることがなければ、検挙されたとしても無罪になったのではないかと思われます。

いろいろな理由から犯人は最後にはすべてを自供することをコロンボに約束するのですが(これがまたこの作品が格式高い理由でもあります)。

邦題の「別れのワイン」というのも、見事に作品を象徴していると思います。

作品の最後では、犯人のエイドリアンとコロンボが、ワイン製造工場の前に車を停めて、別れの乾杯をするのです。

この「別れ」というのは、犯人が刑務所に行く前に、半生を捧げてきたワイン工場への(おそらく)永遠の別れとなるシーンなのですが、それと同時に、コロンボ刑事と犯人の永遠の別れでもあるのがポイントです。

というのも、2人は事件を通して追うもの追われるものの敵対関係であるわけですが、同時に、ワインを通して互いに尊敬の念を抱いている関係でもあるのです。

人生最大の情熱を注ぎこんだワインを奪われるという危機感から、異母兄弟の殺害を犯してしまうエイドリアン。

捜査のために必死になってワインについて知見を深め、それを心から喜ぶエイドリアンに認められるコロンボ刑事。

対峙する2人の心情が伝わってきて、乾杯のラストシーンは、大きな感動を生み出します。

3. 『別れのワイン』の見どころ

作品のプロット自体はそれほど手が込んでいないので、普通に観ていれればだいたいの展開は理解できます。


それでも、本作はとても「味わい深い」作品なので、もう一度観返すと、最初は見落とした伏線に気が付くかもしれません。


物語は、赤ワインの乾杯のシーンから開始します。



エイドリアン(左)を演じるのは、イギリス出身の名優ドナルド・プレザンス(代表作はホラー映画『ハロウィン』、『007は二度死ぬ』、『ミクロの決死圏』など)。


ワイン協会の友人たちが来訪しているところに、異母兄弟のリックが金目当てに訪ねてきます。


ワインに全てを捧げて25年勤務してきたエイドリアンとは正反対に、リックは人生を欲望と悦楽のみを追求するハンサムな遊び人


工場の経営権を相続しているリックから「このワイン工場は儲からないから売り飛ばす」と告げられて、カッとなったエイドリアンは置き物でリックの頭を殴ってしまいます


床に倒れ込むリック


しかし、意識を失っただけで死んではいない様子


ワイン協会の友人たちが帰ったあとに、気絶しているリックをワインセラーに運び込む


膨大な量の高級ワインが貯蔵されているワインセラー


ワインセラーの冷房換気装置のスイッチを切ってしまう


動けないようにロープで手足を縛る


この状態のまま、エイドリアンはワインセラーを後に、ニューヨークへ飛び立ってしまう


ニューヨーク6日間の旅を終えてワインセラーに戻ってくると。。。家具が散乱しており、リックは既に死んでいます


エイドリアンは、自分がニューヨークに滞在しているアリバイ工作をしてから、空調が停止して酸欠となったワインセラーでリックが窒息死するように計画したのでした

これは怖ろしい残忍極まる殺人ですね。。。リックを即死させずに、もし意識が戻ったとしたら、酸欠状態のなかで地獄の苦しみを味わいながら死んだのでしょう。

刑事コロンボの登場


最初はコロンボを甘く見ていたものの。。。


「あー、もうひとつだけ訊いてもいいですか」の得意技でエイドリアンの意表を突く


コロンボ刑事「車のホロが風で開いてしまうとしたら、どのくらい開いてしまうもんなんでしょうか?」

エイドリアン「さあ、私にはわかりません」

この会話のやり取りで、エイドリアンはコロンボ刑事に警戒心を抱くようになります。


このシーンはとても重要です。

最初エイドリアンは、コロンボの「どうも腑に落ちない」と話す内容をことごとく「それはかくかくしかじかだからではないですか?」と、自分に有利な方向に余計なアドバイスをしてしまうのです。

なぜ雨なのにダイビングに行ったのか? ⇒ 水の中に潜るのに天気は関係ないから

なぜ何日も車は見つからなかったのか? ⇒ あの場所はほとんど誰も立ち入らないから

なぜ雨なのにホロをかけていなかったのか? ⇒ たぶん風でホロが開いてしまったのでは

という具合に。。。

このように相手が不自然なほどにコロンボの疑問に答えてしまうのは、コロンボの思うつぼなんですよね。

ヨレヨレのトレンチコートで如何にも鈍感に見える外見で、犯人が油断してしまうのは、いつものパターン。

このシーンでは、コロンボが敢えて、犯人にしかわかりようがない現場の状況(車のホロが開いている状態)をエイドリアンに喋らせるように誘導しているんですね。

しかし、エイドリアンも、そのトリックに気付いて、「さあ、どうしてでしょうね。。。」とコロンボをかわしているのです。

お互いが相手の頭の鋭さを認識して、警戒心を高める重要なポイントになっています。

余談ですが、ここで「驟雨(しゅうう)」という聞きなれない言葉が出てきます。英語ではrain shower、現代の言葉では「にわか雨」のことです。

放送当時の70年代では、「にわか雨」より「驟雨(しゅうう)」のほうが一般的だったのでしょうか。。。?

後日、コロンボが再びエイドリアンを訪れて、出されたワインの種類を言い当てたときのエイドリアンの表情は、まるで少年のような嬉しそうな顔をしていますね。


相手が自分を犯人だと疑っている刑事だということを超えて、ワインに対して真面目に(テキサスのワインの違いもわからない金持ちどもとは違い)対応するコロンボに油断するのです。

そして、こともあろうに、殺人現場であるワインセラーをコロンボに見学させてしまうという致命的な失敗を犯します。


ここで、コロンボが「なぜデキャンタに移す作業を友人に託したのか?」と意表を突いて鋭く突っ込みます。

そのときの表情がコレ


相手の深層心理を見抜くような鋭い視線ですね。。。

終盤の高級レストランのシーン


コロンボの罠とは知らないエイドリアンは、ワインセラーが空調を停めていたせいで異常気象で高温となって酸化の進んだワイン(フェリエ・ヴィンテージ・ポート 1945年)の微妙な味の劣化に気付き、憤慨して店を出てしまいます。


犯人の唯一の証拠となる「空調設備の停止」という事実を、世界で数人しかいないというレベルのワインテイスティングができるエイドリアン自身(犯人自身)にやらせてしまうというアイデアは、秀逸極まりないですね。

2人が帰ったあとに、一本何千ドルもするワインの味を試してみるレストラン従業員のシーンが笑えます。こういうジョークもしっかり盛り込まれているところは流石です。


ちなみに、エイドリアンの秘書カレンを演じているのは、往年の名女優ジュリー・ハリス(『エデンの東』でのジェームス・ディーンの相手役が有名)。


『別れのワイン』は、密かにエイドリアンに想いを寄せていた秘書カレンが、エイドリアンの事件への関与に気が付いて、エイドリアンを強制結婚という形で脅迫します。

「世の中には不自然な結婚などいくらでもありますわ」

12年もの間、忠実な秘書として仕えてきた女性が、いきなり豹変するという事実にエイドリアンは驚愕します。

この展開も面白い。。。

ニューヨーク滞在中にロサンゼルスは歴史的な猛暑に襲われたと聞いたエイドリアンが、ワインセラーのすべてのワインがダメになったことに愕然とし、ワインを次々と海に投げ捨てるシーン。


そこにはすべてを見抜いたコロンボがいた。。。


「どうして分かりましたか?」

レストランで出てきた酸化した高級ワインが、実はコロンボが失敬してきた自分のワインセラーのものだったと知らされたエイドリアンの表情


まさか。。。!という驚きと、自分自身のヘマを悟った後悔と、達観して笑いがこみ上げる可笑しさと、己の運命に絶望した悲しさと、すべてがグチャグチャに混ざった表情。

「自縄自縛ですな、まったく。。。」

このシーンは何度観ても感動してしまいます。

ドナルド・プレザンスの演技の素晴らしさには、言葉が見つかりません。


コロンボのポンコツ車(15万キロ走ったプジョー403)に同乗するエイドリアン。

秘書との偽装結婚を迫られていたので、肩の荷が下りた気分だとコロンボに伝えます。

「刑務所は結婚より自由かも知れませんな。。。」

なかなか痛烈なテーマ 笑

そして、記憶に深く残るラストのモンティフィアスコーネでの乾杯シーン。

「良く勉強されましたな」
「ありがとう、何よりも嬉しいお褒めの言葉です」


乾杯に始まって乾杯に終わるドラマ

いろいろなレビューに書かれているとおり、『別れのワイン』のエイドリアンは、コロンボが最も尊敬した犯人だったのではないでしょうか。。。

コロンボは両親がイタリア系移民の地を継いでいるという設定、エイドリアンも父がイタリアの移民なので、同じイタリア系としての連帯意識もあったのかもしれません。



観客(私も含む)は、最後には『別れのワイン』のエイドリアンに感情移入してしまうのは間違いないと思います。

人生の全てをワインに捧げてきたエイドリアン。

世界でもほんの数人しかいないワインテイスティングの能力が、犯行の唯一の手掛かりをコロンボに与えてしまうという皮肉。

エイドリアンの人生はこの先どうなってしまうのか。。。

人生の全てであったワインを奪われてしまっては、残された選択は「死」(=死刑)しかないのでは?

それとも、人生はワインだけではないという事に気が付いて、前を向いて人生を歩もうと努力するのか。。。

それでも、腹違いの弟を残忍な方法で殺害した罪は重いのも事実。しかも、その弟もまた、非情で冷酷な性格として描かれておらず、むしろ、再婚相手からは深く愛されており、エイドリアンの利益を生まない事業を売却するというのは、ビジネス観点からすれば正しい判断でしょう。


以上書き連ねたように、『別れのワイン』には、ストーリーやトリックのユニークさだけでなく、実に様々な人間模様が見事に(そして格調ある形で)織り込まれています。

ドナルド・プレザンスの一世一代の名演技と相まって、本作が人気ナンバーワンであるのも頷けます。

刑事コロンボのテーマ/ヘンリー・マンシーニ

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